南総里見八犬伝

信乃は父の形見の名刀「村雨丸」を将軍に献上するため御所を訪れるが、謀略により太刀袋の中身を偽物に摩り替えられてしまった。偽装の濡れ衣を着せられ忽ち窮地に陥った信乃が、御所中の侍を相手に逃亡劇を繰り広げる。将軍に会うために動きにくい晴れ着姿で参上したとはいえ、信乃の剣はめっぽう強く、並の護衛は相手にならない。御所の牢につながれていた捕り物の名人 犬飼現八が召集されると、おのずと戦局は信乃・現八の一騎打ちとなる。
雑兵の追跡を逃れ闇夜の御所の屋根の上、互いにつわもの同士ゆえ剣の腕は互角伯仲、ついに組み合ったまま二人とも闇夜の奈落へ転げ落ちる。芳流閣は、いわゆる「八犬士」同士が最初に出会う場面である。
芳流閣決闘の構想は、特に地方においては物語りの伝播以前に、錦絵を通して広まったものではないかと私は考えている。非常に画になる象徴的構図であって、この場面がどういう場面であるか、八犬伝の中にどのように位置づけられるかといったようなことへの関心は、だいぶ後になって喚起されたのではなかろうか。物語を知っているか知ってないかは、八犬伝の山車を見る楽しみにそれほど影響しないと思う。盛岡山車でも、たとえば見返しに伏姫(ふせひめ)が登場したりすることはなく、あくまでも絵面の美しさが山車の魅力のすべてであるような気がする。

盛岡のみ組(新盛組)ではこれとは別に、八犬士の犬村大角(いぬむら だいかく)が庚申山の洞穴に住む化け猫を退治し、父の仇を討つ場面を『八犬伝』として作る。首の数珠や手にした金剛杖で大角の僧侶的風貌をあらわし、また盛岡山車では珍しい大化け猫の作り物も観客を魅了する。化け猫を作る演題にはほかに『有馬の猫騒動(小野川喜三郎)』があるが、犬村大角は専らみ組のみが作っているもので、盛岡市外での登場例は今のところ無い。

芳流閣の決闘の場面は「山車祭りのシーラカンス」と呼ばれる静岡県大須賀町の曳山の人形にもなっているほど、大変由緒の深いものである。古い形を辿れば辿るほど、物語性を排除した構図本位の八犬伝の型として散見される。岩手では、二戸広域に根を張る平三山車にたびたび芳流閣の場面取りがなされ、楼が上半分折れ曲がり、隠れるように添えられた犬塚もこれと前後して後方に折り返るなど、非常に凝った仕掛けを伴う秀作であった。
近年は物語性を重視した八犬伝の山車が青森ねぶた、八戸山車、花巻山車、新庄山車などに広く見られるようになり、伝統的な犬塚・犬飼の対峙の型を駆逐しつつある。伏姫の体を破って八つの玉が飛び散る場面を劇的に描いた作品、伏姫が玉梓を射る場面などがあり、とりわけ悪役の玉梓を創意を凝らして奇怪に描き、従来に無い構図を勘案しているものが多い。玉梓は蜘蛛の化身なので、女郎蜘蛛のモチーフがよく添えられている。大角の化け猫退治の場面は、八戸山車や黒石ねぶたでたびたび採り上げられた。
文責・写真:山屋 賢一
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