沼宮内稲荷神社例大祭岩手町秋まつり 平成25年山車写真


鬼若丸(新町組) ※演題講釈※


迫力満点の大鯉に添って人物の動きが決められているのが効果的、大胆にまくれた裾や尾びれに波の絵など小物の使い方も素晴らしい、沼宮内らしい逸品

怪童鬼若 短刀構え 大鯉しとめし 比叡山
(見返し)藤の一枝 色香も深く あでな姿や 藤娘
    

珍しい座り姿の藤娘。松や桜を街路にこすらせながら、狭い道を丹念に歩いていた(中日午前)


沼宮内らしさ
 沼宮内のお祭りに毎年通うようになって、20年以上になる。当初は卓越した上手さを求めてというより、急速に秋めいていく祭りの季節の終わりに、山車恋しさに見に行くようなことが多かった。やがて各組の凝らす山車へのこだわりに魅入られていくのだが、沼宮内の場合は華やかな何かを加えるとか目新しい何かを足すとかではなく、伝統的な、そこにあるべき飾り物だけで立派に山車を作ろうというような雰囲気を感じていた。それはたとえば、久慈や八戸の山車とは対極にある山車の高め方であるように思う。松の付け方ひとつ、波の置き方ひとつに丹精を込められた事で、山車は他にはない素朴な、しかし熱い「何か」を帯びている。多かれ少なかれ感じていたこの沼宮内らしさが、今年はこの山車にとりわけ濃く凝集していた。


民を悩ます人食い鯉を 鬼若丸がしとめたる



碁盤忠信(ろ組) ※演題講釈※

やられ役に十分すぎるほどの主張があるので、場面が見事に浮き出た。主役もきりっとしていて、体勢に勢いがある。演題に伴う飾りと定型の飾りとが響き合った鮮やかな色味

鼓が冴えりや 忠信出るよ 花の深吉野(みよしの) そのままに
迫り攻め来る 寄せ手を散らし 碁盤忠信 吉野山


文武に優れし牛若丸が 願う平穏笛の音に


つぶし人形
 碁盤忠信は沼宮内ではの組を除く4組で製作歴があるが、このうちやられ役を付けた仕立てをするのはろ組のみで、手がけた3作全て2体で作っている。
 盛岡地方ではやられ役の人形のことを「つぶし人形」というそうだが、この言葉ひとつ考えても、あまり注目されない存在であるのが伺われる。一方で昔の白黒写真をめくってみると、このつぶし人形たちがきっちり「やられた顔」をしていたり、躍動的に倒れかかったりしている。おそらく「やられ顔」は人形の表情というより、どのような角度で見せるかによるものではないか。また刀や手や着物がある程度の主張をしているからこそ、躍動的に見えるのではないか。
 平成のつぶし人形から往時のつぶし人形の仕組みを考えさせられたのは、今回が初めてだ。

碁盤構えて追手を払い 忠臣忠信迎え撃つ








里見八犬伝(の組) ※演題講釈※

屋根が動いて周辺の屋根と響きあう奇観

玉の縁(えにし)に 結ばる二人 芳流閣の めぐり逢い
黄金鱗の 鯱(しゃちほこ)上げて 山車は名代の 八犬伝




双方古風で品のある見事すぎる人形。特にも、屋根上の人形が単に端正なだけでなく、変化のある動作なのが面白い。その分、屋根下の方が動作が弱く感じてしまった



歌舞伎か、それとも
 自作後2度目の採用、伝統の型をダイナミックに展開した1作目も内外で非常に評判が高かった。
 盛岡には武者ものを芝居調に仕上げる山車組の一群があるが、県北では逆に、歌舞伎ものを物語調に仕立てることがある。里見八犬伝といえば特に由来はわからなくてもとにかくこの望楼の場面なのだが、望楼で斬り合うのだから体勢も・表情も、変化や工夫があってよいのだと思う。今回の場合、歌舞伎への依拠度が比較的低い屋根上の人形が、山車の一番の魅力になっている。

お供えのお団子が実は八犬士の珠になっている。傍らの雲が錦絵みたいでかっこいい




夜景、両者斬り合いの一瞬を





川中島(大町組) ※演題講釈※

写真に写すとこのように、ものすごい臨場感。馬は立ち岩を越えて舞台を横断

龍虎あいうつ 川中島の 川霧斬り裂く 太刀の風
越後の龍の 一気の寄せを 返す軍配 甲斐の虎


全体はこんな感じ。双方大人形なので、片方を完全に倒してしまった。新しいけど、この場面に一番必要な殺気が無いのは残念

最難関の武者もの
 自作に至ってから初挑戦となる、武者ものの「最難関演題」。
 川中島の戦いは、日本史上屈指の横綱相撲・最強のつわもの同士の対決である。故に双方を強そうに、豪華に見せるのが定例であるのだが、今回は思い切って謙信を勝たせてしまった。となると、勝った方には漲るばかりの殺気がなければ成り立たず、やられる側もことごとくやられてしまわないと場面が起き上がってこない。あと一歩で信玄が殺されるようなギリギリ感、しかしそれが祭りに沿うかどうかとなると、…難しい。



福を呼ぶ神大黒様の 打ち振る小槌に黄金舞う








雨の五郎(愛宕組) ※演題講釈※

祭典最終盤で頭巾を外し、見事に仕立てた前髪を披露

あでな衣装で 廓(くるわ)に通い 仇討つための 仮姿
弥猛(やたけ)心も 春雨濡れて 通う大磯 化粧坂




伝統的な鯉の滝登りの見返しを背景を掛け軸にして翻案


助六と比べてみると
 雨の五郎のトレードマークともいえる紫色には、古来より逆上せを鎮める効果が信じられていた。助六は大人の髪に紫の伊達鉢巻を巻くが、雨の五郎はまだ前髪を残した少年の髪型であり、その若さ・荒々しさを紫の頭巾が包み、さらに柔らかな春の雨に降られることで仇討ちに燃えるヤタケゴコロはひと時薄れ、舞台に男色香が漂うのである。瓦屋根・障子の窓辺の和風家屋によく響く演題。

他の4台と一線を画す穏やかさだが、穏やかにも勇ましくもなりきれていないのが残念。

文責・写真:山屋 賢一(見物日:平成25年10月5・6日)

※歴代演題

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