盛岡山車の演題【風流 紅葉狩】
 

紅葉狩

 


沼宮内新町組平成18年

 平安の昔、紅葉御前(歌舞伎では「更科姫(さらしなひめ)」と呼ぶ)という貴婦人が、さる貴人の寵愛を一身に集めたために周囲から妬まれていた。とうとう紅葉は無実の罪を着せられて、偏狭信濃に押し込められてしまう。紅葉は世を怨んで鬼となり、たちまち信濃一帯を悪鬼羅刹の住処となした。『紅葉狩』はこの「鬼女」紅葉が、武勇の誉れ高い余吾将軍(よごしょうぐん)平維茂(たいらの これもち)に退治される話である。

盛岡観光コンベンション協会平成20年

 信州戸隠山(とがくしやま)は紅葉の名所である。維茂は美しい秋の風景に酔いながら、どこからともなく現れた美女たちとの宴にすっかり時を忘れ、その膝枕で眠り込んでしまう。すると夢枕に山神(さんじん)が現れて、この美女たちこそ鬼女紅葉の眷属(けんぞく:手下たち)、人を食う夜叉であると告げる。はっと目を覚ますと夢のお告げの通り、美女たちは夜叉の正体を現していた。妖力を退ける「降魔の剣(こうまのつるぎ:別名”小烏丸”)」を振りかざし、維茂は紅葉御前と対決する。

 
盛岡市八幡町い組平成27年

 現在一般に見られる盛岡山車の紅葉狩(もみじがり)は歌舞伎人形2体の仕立てで、維茂が紫の水干(すいかん)に襷掛け、対する紅葉御前は黒雲模様の黄の衣を纏って両者大変彩りがよい。夜叉の紅葉は代赦(たいしゃ)隈という茶色い化け物の隈取を取って鬼に作り、紅葉の一枝を天に掲げて維茂を睨み据える。背高にして威圧感たっぷりに見下ろすようであれば、怖い夜叉に見えて効果的である。鬼に使う人形に転用の利かない塗り返しをするため、紅葉狩の山車はながらく自前の頭を持つ盛岡市内の山車組に限定された演し物であったが、ようやく平成十年代後半に沼宮内の新町組が取り組み、市外へも広がり始めている。
 私の手元にある最も古い紅葉狩の山車の写真は石鳥谷のもので、維茂がいない夜叉のみの1体飾りである。下組にて昭和20年代に登場、昭和50年代にも復刻され非常に好評であったらしい。白黒写真を具に見ると夜叉は女の着物姿、恐ろしい表情とのギャップが印象深い。昭和40年代の盛岡八幡町い組の紅葉狩は二人形だが、若面ではなく髭の生えた維茂で、夜叉はやはり女の着物を着ていて隈は無い。現在よりも歌舞伎の表現から遠く、その分エピソードを重視した仕上げ方ともいえる。石鳥谷の上和町組では白塗りの維茂が烏帽子をかぶり裃姿、夜叉は真っ赤な髪で鱗紋の白い着物を着せた。歌舞伎準拠だが、従来採用されてきたものとは別の舞台(「信濃路紅葉鬼揃」)を使った紅葉狩である。
 紅葉狩の山車には舞台装飾として、盛岡山車には本来使われないはずの紅葉が使われる。その際、紅葉を桜の代わりにするので桜は付けず、桜に伴う藤も付けないのが正式な作法との話がある(戦後発進の演題にそこまでの拘束が存在しうるかについて若干の疑義はあるが…)。通例的には、紅葉が伴われるものの桜・藤も付けた演出が多い。

 見返しに正体を現す前の更科姫を飾り表裏一体とする例が、平成に入ってから定番化した。舞姫姿の紅葉を飾った見返しに『紅葉狩』と題を付け、表の演題とは無関係に飾る例もある。更科姫は「赤姫」と呼ばれる典型的な歌舞伎の女形だが、その実維茂を狙う夜叉であるから、美しさの中に鬼気迫る雰囲気が求められる。表裏一体の趣向には他に、戸隠山の山神が維茂を起こそうと杖を振っている姿もあった。

 平成5年の盛岡観光協会の山車は、八幡宮祭礼終了1ヵ月後の10月に岩手で開催された「国民文化祭」に出演して好評を博した。昭和50年代にも、い組が作った紅葉狩が銀座祭りで運行し盛岡祭りをアピールしている。紅葉狩の山車はこのように、節目節目で盛岡山車のPRに一役買うこととなった。

 同名の演題に、沼宮内のろ組が何度か見返しに上げた「行楽としての紅葉狩り」がある。踊り装束の娘人形に大きな紅葉の一枝を持たせ、背景に紅白幕を張る。

『更科姫』沼宮内新町組平成18年


(他の地域の「紅葉狩」の山車)
「鬼女」青森県青森市(購入写真)
 青森県弘前市で藩政期に作られた山車人形の一つに紅葉狩があり、これに因んで扇・人形双方のねぶたに紅葉狩が登場したことがあった。扇ねぶたの紅葉狩は送り絵が美女と維茂で、杯に映った女の顔が夜叉になっているという絵柄。鏡絵は紅葉の枝を咬んで夜叉を組み伏せる維茂であり、回転したときにストーリーがつながって見事であった。人形ねぶたでは、着物を被ったきつい目つきの女(鬼に変わる途中)が口から紅葉の葉をたくさん吐いて応戦する構図が作られた。
八戸型の紅葉狩(岩手県久慈市)
 山形の新庄祭りには「茨木」「葵上」などに使う鬼女人形のバリエーションの一つとして紅葉狩が登場し、変身途中の次女や維茂を起こしに来る山神などの飾り人形を添え、中には維茂の乗馬を伴った作品もあった。松の幹に飛びあがった夜叉が落葉の舞い散る中で維茂を睨み据える歌舞伎のラストシーンをイメージさせるものである。
 八戸では巨大な鬼面をたくさん使う鬼ものの一環として紅葉狩が作られ、これは多作される「大江山」に対して変化球的な扱いのもののようである。単に鬼でなく鬼女で表現するところが味であり、審査で最優秀賞に輝いたものもある。大半の山車で退治する維茂の印象が薄く、舞台四方に鬼をちりばめた鬼が主体の趣向であった。




文責・写真:山屋 賢一


(ホームページ公開写真)

日詰祭   石鳥谷祭   日詰祭(見返し)

本項掲載:沼宮内新町組H18・盛岡観光協会H20・盛岡い組H27・沼宮内新町組H18見返し(更科姫)・青森ねぶた・久慈市上組H25

山屋賢一 保管資料一覧
提供できる写真 閲覧できる写真 絵紙
紅葉狩 盛岡観光協会@・沼宮内愛宕組
沼宮内新町組(本項)
石鳥谷上和町組
盛岡観光協会A(本項)
盛岡い組(本項)

秋田角館
盛岡い組@A

青森八戸
山形新庄
青森ねぶた@
青森ねぶたA
弘前ねぷた
盛岡観光協会@(富沢:色刷)
沼宮内新町組(手拭)
盛岡観光協会A(圭:色刷)
石鳥谷上和町組(真二:手拭)
盛岡い組B(富沢:色刷)

盛岡い組@(国広)
盛岡い組A(富沢)
紅葉狩(鬼だけ)
大迫あんどん
石鳥谷下組@A
更科姫 沼宮内新町組(本項)
石鳥谷上和町組
盛岡青山組
日詰上組
盛岡い組
山神 盛岡観光協会
行楽紅葉狩り 沼宮内ろ組
提供・閲覧ご希望の方は sutekinaomaturi@outlook.comへ

(音頭)


(くれない)燃ゆる 浮世の性(さが)を 描く名代の 名場面
(にしき)織り成す 戸隠山(とがくしやま)に 夜叉(やしゃ)を討ち取る 紅葉狩
赤く染めたる 戸隠山に 錦彩
(いろど)る 夕紅葉(ゆうもみじ)
紅葉うつくし あやしき風に 仮寝
(かりね)を醒ます 夢の告げ
夢のお告げで 戸隠夜叉を 維茂
(これもち)退治の 紅葉狩
神のお告げで 妖怪退治 武勇伝えし 余吾将軍
(よごしょうぐん)
鬼姫(おにひめ)誘う 信濃(しなの)の紅葉 維茂守る 烏丸(からすまる)
平家の名刀 小烏丸(こがらすまる)が 姿暴いた(あばいた) 女夜叉
鬼姫討たんと 維茂守る 小烏丸を 振りかざす
所持の名刀 小烏丸の 剣のちからで 鬼退治
鬼神
(きじん)おそれぬ 維茂颯(さっ)と 夜叉切り払う 紅葉狩
疾く
(とく)疾く起きよと 杖突き鳴らし 姿現す 山ノ神
錦織り成す 戸隠山に 立てし勲
(いさお)は とこしなへ
平維茂 武勇の誉れ 妖怪退治の 紅葉狩



※南部流風流山車(盛岡山車)行事全事例へ

inserted by FC2 system