盛岡山車の演題【風流 八岐大蛇】
 

八岐大蛇

 



伝統的な型(盛岡市油町二番組平成6年)

 あまりにも有名な日本神話、素戔鳴尊(すさのおのみこと)の八岐大蛇(やまたのおろち)退治を山車に仕立てたものである。
 神代の昔、出雲(いずも)の国には頭が八つに尾は八つ、身体は千条の山河を行くほどの大きな蛇の化け物がいて、いけにえとして毎年娘を喰っていた。天照皇大神(あまてらす おおみかみ)の弟の素戔鳴尊はこの怪物を酒で狂わせ見事に討ち取り、その尾から草薙の剣(くさなぎのつるぎ)を得、生贄にされるはずであった絶世の美女奇稲田姫(くしなだひめ)を妻とすることができた。日本神話のバイブル「古事記」における、最も人気の高い逸話である。

 盛岡市内では、油町の二番組(消防第6分団)が十八番の演題として何度か採り上げている。タイトルは普通『八岐大蛇』だが、『素戔鳴尊』と題を付けることもあり、石鳥谷まつりには単に『大蛇退治』の題で出たこともある。酒壺に絡む竜頭の大蛇を剣を構えた髭面の素戔鳴尊が睨み返し、首を切ろうとしている場面を作る。

 大蛇は「八岐(8また)」だが、山車に飾る蛇体はひとつというスタイルが長く基本とされてきた。昭和後期の一戸まつりには、絵紙に一つしか無い蛇頭を実際の山車で5つ6つと増やした八岐大蛇が出たといい、見返しのほうにまで蛇の胴をぐるりと回したらしい。平成21年には石鳥谷や盛岡で2匹3匹と頭の数を増やす改変が出て、古色を好む沼宮内でも転用されるなど複数頭の型も定着し始めている。きちんと8つ蛇を揃える演出は、八戸(青森県)や新庄(山形県)など人形をたくさん使う作法の山車で実現されている。

「頭3つ」盛岡観光協会平成21年

 オロチは「大蛇」なので、普通に大きな蛇(ヘビ)を作ればよいわけだが、盛岡地方に限らず竜頭を蛇頭に代えて表現することが非常に多い。盛岡山車では児雷也に出てくる「大蛇丸」の蛇はきちんと蛇にするが、八岐大蛇はたびたび竜に差し替える。竜の頭は普通に竜として作る例がほとんどだが、石鳥谷では前歯を二本だけにして長く作り竜としての辻褄をつけたこともある。盛岡の盆行事「舟っこ流し」(8月16日)にリアルな竜の船首を持つ流船がいくつも登場するので、「あれを八岐大蛇にして飾れば、さぞ迫力のある山車になるだろう」といつも思うのだが、秋祭りの山車に竜が上がることは稀で、技術的にも共通点は見られない。稀な竜だからこそ、いざ山車に上がれば格段の異彩を放つし、迫力も出る。
 盛岡祭りの戦前の写真に、きちんと蛇に作った『八岐大蛇』を写したものがある(桜山神社祭典本組奉納山車 昭和15年)。とにかく大人形で、丸みを帯びたフォルムなのが逆に気持ち悪く、たくさん生えた長い牙や大きな目玉が十分すぎるほどに恐怖を煽って来る。こういう奇怪な蛇を作る技量は現在の盛岡山車エリアには無さそうで、蛇では形が単純すぎるゆえに竜に変えられると思われる。

山形県新庄市(購入写真)

 一方の素戔鳴尊は、神代の「みずら」の髪型に埴輪(はにわ)のようなデザインの白装束、首には色とりどりの勾玉(まがたま)…といった神話演目ならではの出で立ちで面白く、銅鏡の小さいのを首飾りに何枚か吊るしたこともある。剣も他の演題に使われるものとは著しくかけ離れた独特の形である。山車人形では稀な神格の人物なので、一般的な退治役のようにただ勇ましいだけでは駄目だとの話もあり、大人しめの表情・動作に作り、その分威厳を出さねばならないという。結果、迫力に欠け躍動美も失い、オロチに食べられそうな弱弱しい姿になってしまうこともあって、なかなか難しい。
 素戔鳴尊の白装束、オロチの緑ともに場面に「和」の雰囲気をもたらさず、どこか洋風のモンスター退治に見えてしまうのが難点であり、さらにオロチの緑は山車の上部の松と同化してしまいがちである。オロチを赤や橙色にした作品もあったが、これはこれで不自然さを拭えない。古態を魅力とする盛岡の山車では、『八岐大蛇』はデメリットをもたらしやすい難しい演題といえるかもしれない。
 対応する見返しとして、主に石鳥谷で『奇稲田姫』が出る。下組は大蛇の許に酒壺を運ぶ姿とした。

『日本振袖始』岩手県久慈市

 神話の大蛇退治を取材した歌舞伎に『日本振袖始(にほんふりそではじめ)』という演し物があり、これを模した歌舞伎風の大蛇退治も近年試みられるようになった。尊は貴公子風、大蛇は夜叉の姿で隈取をし、角は左右に2本生やして鱗紋の着物を着ている。大蛇のほうがなかなか他の夜叉と差別化しづらく、数を増やしてやっと説得力を得るようなところがあるため、盛岡山車の定型に当てはめるのはなかなか難しい。音頭は今のところ、一般的な八岐大蛇の歌詞と大差無いようである。日詰の橋本組は大蛇に変身する『岩長姫(いわながひめ)』を見返しに飾ったが、黒装束の女形を前に倒し背景に赤と青の大蛇を飾る従来に無い迫力あふれるものに仕上がった。

青森県鯵ヶ沢町

 古事記・日本書紀を元とした記紀神話のエピソードを山車に作る例は、盛岡山車の現状を見る限りではほぼ皆無に近い。戦前は『神武天皇』『神宮皇后』なども山車に上がったらしいが、近年では『八岐大蛇』を除く神代の伝説は全く山車に出てこない。やはり上に示したような一種の異様さが、神話演題を避けさせているのだろうか。
 神楽など他の祭典要素によって神話を描くことが補われているのも一因と思う。たとえば盛岡八幡宮では祭典期間中に見前の宮崎神楽が奉納されるのだが、この神楽の演目には天孫降臨、天の岩戸、大蛇退治など記紀神話を主題としたものがたくさん入っている。山車以外の祭典要素に目を向けると、やはりお祭りごとに神話は欠かせない。

 盛岡地方を離れて他地域の山車人形に神話系演題を探してみると、青森ねぶたでは『国引き』、花巻山車では『因幡の白兎』など、特徴的なものがいくつか見られる。新潟中越地震など災害が相次いだ平成17年ころからは、『鹿島明神の鯰退治』がねぶた・八戸山車・花巻山車・大迫あんどん山車など広域で製作された。
 大不況を経た平成21年に『八岐大蛇』が各地で乱発されたのは、「心機一転」を目指す祭り人のバイタリティーの現れであるのかもしれない。




文責・写真:山屋 賢一



山屋賢一 保管資料一覧
提供できる写真 閲覧できる写真 絵紙
やまたのおろち 石鳥谷西組
石鳥谷下組
盛岡観光協会(本項)
沼宮内新町組

普代村
北上市黒沢尻
青森県五所川原市
青森県五戸町
青森県八戸市
青森県鯵ヶ沢町(本項)
山形県新庄市
盛岡二番組@

盛岡ニ番組A
盛岡本組
日詰橋本組
一戸本組
二戸福岡五日町

秋田県秋田市
秋田県角館町
山形県新庄市(本項)
盛岡ニ番組@(正雄:色刷)
盛岡観光協会(圭)
石鳥谷下組(手拭)
沼宮内新町組(手拭)

盛岡本組(煙山)
盛岡ニ番組A
盛岡ニ番組B(富沢)
富沢氏押し絵
二戸金田一
日本振袖始 石鳥谷上和町組
沼宮内愛宕組

岩手県久慈市(本項)
青森県八戸市
秋田県角館町
秋田県角館町 石鳥谷上和町組
奇稲田姫 石鳥谷西組
石鳥谷下組
石鳥谷上和町組(歌舞伎)

北上市黒沢尻
ご希望の方は sutekinaomaturi@hotmail.co.jp


(ページ内公開)

石鳥谷  石鳥谷  沼宮内   普代  五戸  五所川原
(歌舞伎スタイル)日詰  石鳥谷   角館

本項掲載:盛岡市二番組H6・盛岡観光コンベンション協会H21・山形県新庄市の山車(購入品)・久慈市新町組H24『日本振袖始』・青森県鰺ヶ沢町の山車・北上市黒沢尻3区H24『天の岩戸』

 

(音頭)

酒を与えて 尊(みこと)の刃(やいば) 大蛇討たんと 出雲原(いずもはら)
くしなだ姫を 助くる尊 酒を醸(かも)せし 八つの壷(つぼ)
智勇優れし 素戔鳴尊
(すさのおのみこと) 大蛇射とめて 姫を妻
荒ぶる素戔鳴尊
(すさのお) 奇稲田姫(くしなだ)まもり 心新たに 国拓く (ひらく)

大和魂(やまとだましい) つるぎに込めて 国を護りし 武の力
人の命を つるぎに込めて 民を護りし 武の力

※上を戦前の番付から、下を戦後の番付から引用※


武勇優れし 素戔嗚の 今に傳わる 蛇退治
酒槽
(ささぶね)揃えて 八塩折之酒(やしおり)醸し 大蛇あらわる 時を待つ
大蛇退治の 神代
(かみよ)の話 神酒(くし)を捧げて 祀(まつ)る山車
醸す八塩折之酒 大蛇を誘い 尊の御佩刀
(みはかし) 国護る
天の叢雲
(あめの むらくも) 奇稲田姫(くしなだひめ)を 両手に花の 武勇伝
伝え残せし 尊の山車を 曳けや八幡
(やわた)の 社(やしろ)まで

酒に酔いしれ 岩長姫の 邪心の顕れ とめどなく
(岩長姫)

 

『天の岩戸』岩手県北上市黒沢尻

【写真抄】
(1枚目)私が初めて見たヤマタノオロチの山車で、岩手日報に載った絵紙を見てとても喜び、わくわくしながら実物を見に行ったのを覚えている。出来不出来なんかどうでもよくて、ただ大蛇退治の山車を見られたというだけで嬉しかった。(2枚目)盛岡観光協会始まって以来の野心作である。絵紙が凄過ぎたため、実物をやや低く見てしまった感はある。大蛇の造りや動き方、位置などよく工夫され、色は松に同化してもそれはそれで不気味な存在感があり、面白いと思った。スサノオの髪型も、従来の作品とは違う解釈でデザインされている。(3枚目)山形の新庄市の山車、横に飾りを作るのでキャンバスが広く、雄大豪華な大蛇退治に仕上がっている。この山車のようにスサノオは上にいるのが最も映える気がするが、人物を大きく作る盛岡山車や青森ねぶたなどではなかなか実現できない。クシナダ姫の老いた両親も飾られている。(4枚目)久慈の山車、否、八戸流の山車の中で私が一二を争う感動を覚えた一作。やはりヤマタなので8匹大蛇がいないと成り立たない演題、しかしいざ上げてみると単調になる。歌舞伎の夜叉の趣向がこの単調さを見事にカバーし、中央に大蛇、左側に姫、最後のせり上げに退治せんとする尊…と物語が見事に繋がった。大蛇はいずれも見事な表情であり、髪は彫り物。何より人形の重ね方が上手で、はじめは夜叉が一つしか見えないように付けてある。雷も見事に場面を引き立て、盛り上げている。(5枚目)青森の鯵ヶ沢町では4年に1回、ねぶた祭りを休んで山車のお祭りをする。この祭りに出る山車は盛岡のような大人形だが、作り変えずに毎回同じものを出すのだという。浜町はヤマタノオロチの山車を出すが、蛇はきちんと8つ頭があって、平面的な火を噴いている。傍らにはクシナダ姫もいる。必要なものをきちんと飾った上でスサノオの存在感にきちんと主張があり、 整いすぎず、かといって粗いわけでもなく、味のある良い山車に仕上がっていた。背面は銅鏡を持った古代美人の錦幕であった。(6枚目)大蛇退治と双璧を成す代表的古事記エピソード『天の岩戸開き』を飾った北上市の自作山車。岩戸から現れた天照大神と、その前で踊っていたウズメと、長鳴き鶏。神楽ではよく演じられるが、山車にされるのは珍しい神々しい一場面である。


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