盛岡山車の演題【風流 土蜘蛛】

土蜘蛛

 



『土蜘蛛の精』紫波町日詰一番組平成16年

 水木しげるの妖怪辞典によれば、土蜘蛛(つちぐも)は変幻自在「日本最強の妖怪」であるという。
 神武天皇の昔、大和国葛城(やまとのくに かつらぎ)の狩猟民の村が虐殺に遭って壊滅した。皆殺しにされた村人の怨念は葛城山に篭もり、百年余りを経て妖怪となる。平安天禄(てんろく)の御世、帝を守る武士の棟梁「源朝臣頼光(みなもとのあそん よりみつ)」の許へ、土蜘蛛は数百年越しの復讐に訪れる。身の丈二メートルの怪僧に化けて病に臥せっている頼光を襲うが、逆に片足を切られてしまい、血の跡をたどって葛城山の古塚にやってきた頼光の家臣独武者(ひとりむしゃ:千人力の武将を指す)を相手に、土蜘蛛はついに本性をあらわして暴れまわる。

 松羽目歌舞伎のひとつ「土蜘(つちぐも)」は、この物語を演じた能を下敷きにした作品で、尾上菊五郎の当たり芸「新古演劇十種(しんこ えんげきじっしゅ)」の一つに数えられている。歌舞伎でも能でも、蜘蛛の巣糸を表す紙テープ(「千筋の糸:ちすじの いと」)を舞台の四方に散らすパフォーマンスが有名である。見せ場は、四天王に踏み込まれた古塚で、僧の変装を解いた土蜘蛛の精が暴れまわる場面。代赦(たいしゃ)という茶と黒のおどろおどろしい隈取をして巣糸を散らしながら四天王を翻弄する土蜘蛛の衣装は、茶と金の非常に豪華な彩りである。
 盛岡観光コンベンション協会が、盛岡流の山車として初めて土蜘蛛を採り上げた。退治に来た軍卒を踏みつけて足場にしながら、口を開けて凄んでみせる花道の姿を作っている。軍卒の着物は黄色と黒の格子で、歌舞伎ではこれを8人踏みつけて蜘蛛の足を表現するのだという。従来のように妖怪・夜叉が退治されるのではなく、主役として舞台に上がったのは大変珍しい。
 石鳥谷の下組も同様の土蜘蛛を風流に採ったが、実際の蜘蛛を伴ったり顔に牙を生やして舌を出したり、歌舞伎からだいぶ離して創作を入れている。退治された土蜘蛛の体内から無数のしゃれこうべが出てきたとの逸話から、足下の大蜘蛛に骸骨を一つ咥えさせた。
 歌舞伎の土蜘蛛には他に『蜘蛛の拍子舞(くもの ひょうしまい)』という演し物があり、この曲では土蜘蛛は僧ではなく姫の姿で登場する。二戸まつりに、娘姿で巣糸を散らす姿が見返しで上がったことがある。

『源頼光蜘蛛退治』紫波町日詰下組平成5年

 一方、武者もの・退治ものとして土蜘蛛を作った山車もあり、むしろこちらの方が製作数は多い。日詰の下組は、鎧姿の頼光が黄色い女郎蜘蛛の糸を太刀で切り伏せながら奮戦する場面の山車を出した。難しそうな2者のバランス調整を見事にこなした秀作であり、蜘蛛のディフォルメや色使い、巣糸の描写なども非常に凝っていて効果的であった。
 戦前には盛岡の一番組が頼光四天王の一人「坂田金時(さかたの きんとき:「公時」とも、大人になった金太郎)」を退治手として蜘蛛退治の山車を作っており、兵卒・土蜘蛛・金時の三段重ねにて表現された様子が絵番付に遺っている。沼宮内の大町組は、これとはまた違ったスタイルで赤ら顔・歌舞伎風の金時蜘蛛退治を山車に出した。蜘蛛の手足や顔をばたばたと動かし、目のライトを頻繁に点滅させて暴れる姿を奇怪に表現した。


(ページ内公開)

坂田金時土蜘蛛退治   土蜘蛛(実体付)   安倍晴明土蜘蛛退治


本項掲載:日詰一番組H16・日詰下組H5・久慈市巽町組H24見返し



(他地域)
岩手県久慈市(頼光四天王鬼退治の見返し)

 土蜘蛛退治は頼光武勇談の一環であるため、大江山に類する演題が多い地域では、必然的に土蜘蛛の山車も多く登場する。青森の八戸山車や青森ねぶたなどがこれに該当する。荒事姿の坂田金時を退治手に据えた『蜘蛛の拍子舞』は角館でたびたび出るが、土蜘蛛の装束は白を基調とした比較的簡素なものである。歌舞伎山車が盛んで扱う人形が複数であるような定型を持つ地域でも、土蜘蛛が良く山車に出る。秋田県角館町・山形県新庄市などがこれに該当する。自由な作風の山車における土蜘蛛は、歌舞伎における表現と、実際の昆虫の姿とを並立させて描いている例が多い。たとえば張子作りの蜘蛛の上に歌舞伎風の土蜘蛛の精が乗っている構想であったり、あるいは土蜘蛛と独武者の戦いを歌舞伎風に描いた中に黄色い蜘蛛を挿入する、などである。土蜘蛛と戦う頼光は着物姿で金の烏帽子を被っており、鎧姿とする例は少ない。蜘蛛は片手から紙テープを放ち、舞台を彩る。 




文責・写真:山屋 賢一

山屋賢一 保管資料一覧
提供できる写真 閲覧できる写真 絵紙
歌舞伎の土蜘蛛 盛岡観光協会・日詰一番組(本項)
石鳥谷下組
盛岡観光協会(圭)
石鳥谷下組
源頼光と土蜘蛛 一戸橋中組・日詰下組(本項) 一戸橋中組(香代子)
坂田金時 沼宮内大町組 盛岡一番組 沼宮内大町組

盛岡一番組
※他系統の作品は分類が困難なので割愛
ご希望の方は sutekinaomaturi@outlook.comへ




(音頭 土蜘蛛の精)

松羽目(まつばめ)舞台に 土蜘蛛鬼神 軍卒踏みつつ 仁王立ち
我を知らずや 葛城山
(かつらぎやま)に 日ノ本照らす 風吹かす
剣の光を 恐るる莫れ
(なかれ) 蜘蛛の魔術で 頼光(よりみつ)
頼光相手に 巣糸を散らし 暴れまわるや 土の蜘蛛


(音頭 源頼光蜘蛛退治)

畿内(きない)治まる 天禄の御世(みよ) 不思議現る 大化け(おばけ)蜘蛛
(やまい)に伏せる 頼光(らいこう)狙い 怪しの僧が 忍び寄る
頼光めがけて 吐き出す糸を 払いて一太刀
(ひとたち) 浴びせたり
千筋
(ちすじ)の糸を 吹きかけ寄せて うなる太刀風 一騎討ち
王城警固の 頼光怪
(あや)し 名刀膝丸(ひざまる) 蜘蛛を斬る
都隔
(へだ)つる 葛城山に 頼光誉れの 蜘蛛退治


(音頭 坂田金時蜘蛛退治)

蜘蛛を退治の 金時が 残す武勇は 幾世迄(いくよ まで)
化ける妖怪 金時退治 かざす荒縄 蜘蛛を捕る
妖し物の怪
(あやし もののけ) 土蜘蛛変化(へんげ) 挑む金時 綱で捕る





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