能楽では、獅子の登場する演目を「石橋（しゃっきょう）もの」といっている。獅子は豪華な裃を着けて、頭にはヤクの毛で作った真っ白い長い鬣（たてがみ）をかぶる。この趣向は歌舞伎にも導入され、『鏡獅子（かがみじし）』を筆頭に、腰の回転で長い白毛を美しく雄雄しく振るう「髪洗い（かみあらい）」の芸へと昇華した。 もともと『石橋』とは、もっぱら石橋に足をかけて両手に牡丹を持って踊る一体の獅子の山車であった。親獅子を『石橋獅子』としてよ組（盛岡市紺屋町）、子獅子を『牡丹獅子』としてい組（同 八幡町）が、対になるように１体ずつ飾った年もある。平成に入ってからは、厨川のや組が１体の石橋を復活している。 盛岡長田町の三番組は、唐子の獅子に牡丹を手にした脇侍を加え『英執着獅子の場（はなぶさ しゅうじゃくじしのば）』を出した。執着とは恋心の執着の意味で、思いが募った娘が病に罹り、そこに獅子の魂が入るのだという。舞台では獅子になっても終始女形で通すようだが、山車に出た獅子は雄々しい仕立て方で、石橋の親獅子とほぼ同じである。左右に垂れた白毛を手にし橋を踏み据えた獅子の姿は、表情も素晴らしく大変華やかな出来栄えであったが、以降の製作例はない。石鳥谷の上和町組では獅子に変わる前の踊り子に牡丹の花笠（扇獅子）を持たせ、見返しに飾っている。扇獅子は紅白で、男女の恋を比喩したものという。 （他地域の『石橋』） 石橋という演題は、たとえば山形の新庄祭りなどに頻繁に登場するが、その構想は連獅子とまったく同じ和装の獅子であり、稀に黒い雌獅子が加わることがある。石橋と連獅子を明確に区別して飾るのは、盛岡山車独特の作法といえそうだ。 （ホームページ公開写真）
盛岡山車の演題にもこのような白毛を被った役者の姿を描いたものが散見され、隈取の入った歌舞伎人形とはまた違ったイメージで観衆に歌舞伎を印象付けるものである。戦前の、まだ歌舞伎ものが山車の頻出演題とはなりえていなかったころ、そのものずばり『石橋』という山車が一体歌舞伎の山車として頻繁に作られていた。
昭和44年に盛岡新田町のか組が『二人石橋』と称し、赤毛の子獅子と白毛の親獅子とをいっぺんに舞台にあげ、大変に華やかな、豪勢な山車を出した。以降、石橋といえばこのような親子獅子の型が定型とされ、名人富沢茂氏の手になる絵番付がその模範となった。富沢氏の歴代作品の中でも、石橋の絵番付はとりわけ秀作といわれる一枚である。
言ってみれば、「連獅子（れんじし）の中国版」ともいうべき二体の歌舞伎山車であり、牡丹をいただいた二枚扇の馬簾（ばれん）を白毛赤毛の上にかぶる唐子装束の親子獅子が、清涼山の石橋の向こうで牡丹を手に舞い踊る一抹の幻想を描いている。石橋は人の架けた橋ではなく天然の橋で、中国に渡った高名な僧侶 寂照（俗名：大江定基）が仏の悟りに近づいた時、この神秘的な有様を石橋の先の霧の彼方に見たのだという。連獅子が松羽目や板目を背景とするのに対し、石橋はあくまで背景を滝として、親獅子の足がかかる石橋も立派に作る。なにより中国風の唐子姿であるのが連獅子との決定的な違いであり、化粧も連獅子よりも若干こってりしており、親は青・子は緑と、衣装の色調もより明確に分断されている。二人石橋の製作例はもっぱら盛岡市に集中し、平成に入ってからはか組の指導により、新しい山車組（青山組、お組など）が製作している。平成20年代には、馬簾をかぶらず連獅子と同じような髪に仕立てた二人石橋が数例出てきた。
現在獅子の山車の主流となっている『鏡獅子』は、実は戦後昭和40年代に新たに作られたもので、それ以前は『石橋』が盛岡山車における獅子ものの代表格であった。中国風の『石橋』が日本風の『鏡獅子』に急速に摩り替わったのは、従来の中国趣味への傾倒が何らかの時期・要因において脱却されたことによるものではと個人的に考えている。現在和装の『連獅子』『鏡獅子』は広く周辺域でも製作されているが、石橋は一体ものも二体ものも、盛岡市の外ではほとんど取り組まれていない（一戸の西法寺組が『連獅子』に限りなく近い形で試みたばかりである）。
文責・写真：山屋 賢一
| 提供できる写真 | 閲覧できる写真 | 絵紙 | |
|---|---|---|---|
| 石橋（単体） | 盛岡や組 | 盛岡い組 盛岡よ組 盛岡川原町 盛岡四の字会 盛岡か組 |
盛岡や組（圭） 盛岡よ組 盛岡い組 盛岡川原町 盛岡か組 盛岡いの字会（国広） 集合絵番付（い組・よ組） |
| 二人石橋 | 盛岡か組（本項） 盛岡お組 一戸西法寺組・二戸東組（本項） |
盛岡お組（本項） 盛岡青山組 盛岡か組 |
盛岡か組・お組・青山組（富沢） 盛岡お組（圭） 一戸西法寺組 |
| 英執着獅子 | 石鳥谷上和町組（本項） | 盛岡三番組 | 盛岡三番組（富沢） |
（音頭）
大江定基（おおえさだもと） 天台山（てんだいさん）に 拝む奇特（きとく）の 舞の曲
花の王なる 牡丹の園に 遊ぶは猛（たけ）き 獅子の精
虹か弓かと 見る石橋（しゃっきょう）に 草木靡かす 獅子の曲
牡丹かざした 歌舞伎の見得は 石橋千尋（せんじん） 獅子の精
知恵の大士（だいし）が 住家（すみか）の前に かかる自然（じねん）の 石の橋
巌（いわお）がこゆる 浮世（うきよ）の橋を 渡る舞楽や 獅子の曲
獅子に牡丹と 清涼山（せいりょうざん）を 飾る八幡の 秋祭り
神武（じんむ）このかた 変わらぬものは 大和心（やまとごころ）と 石の橋
時は変われど 変わらぬものは 幾千代（いくちよ）のこる 石の橋
音に聞こえし 千里の瀧よ かざす石橋 獅子の精
獅子は王位の 御稜威（みいづ）を示す 盛る牡丹を 富貴草（ふうきそう）
花の王なる 牡丹の色に 狂う姿の 勇ましさ