坂東武者佐々木四郎高綱（ささき しろう たかつな）が上方に向けて出兵するとき、主君源頼朝から駿馬を賜った。この馬は餌の小動物を生きたまま食らうような荒馬で、池月（いけずき：生け喰き）との異名である。主君の期待に応えるため、高綱は来たるべき合戦の「先陣」を勝ち取ることを決意する。若し叶わなければ、生きて鎌倉に帰るまいと誓った。運命の戦場は、京の宇治川。折りしも春の雪解け水と昨夜来の豪雨によって増水し、並みの馬では渡れない水嵩である。高綱は、同じく糠部（ぬかのぶ：岩手県北部から青森県上北地方までをさす、古代の馬産地）の名馬磨墨（するすみ）に跨る梶原源太景季（かじわら げんだかげすえ）と二人、名乗りを上げて先陣の誉れを競う。
高綱の馬はまっすぐ川を渡り、景季の馬は川を斜めに渡った。一時は景季が優勢だったが、高綱は咄嗟の奇策を講じ、まんまとこれを追い抜いた。盛岡山車には、川面に仕掛けられた足取り綱を一刀両断して木曽義仲の陣へ切り込んでゆく高綱の雄姿が、余すところなく表現される。
その姿はまさに、ケレン味の無い盛岡山車の典型的な騎馬武者である。基本中の基本であり、基本であるからこそ山車組の技術如何がよく見える。近年は刀を下方に構える姿で作られることが多いが、昭和40年代ころまでは普通の騎馬武者と同じく、頭上に刀を振り上げた姿に作ることが多かった。同じ下方の構えでも、後方まで振り切っているものもあれば、単に吊り下げたような構え方に作るものもある。馬は前足を上げて躍り上がり、足下には綱で結んだ棒杭を配す。兜や背の旗に見える菱形は、佐々木家の家紋である。
通常は馬ひとつに人形ひとつだが、沼宮内のの組は高綱・景季の二人の騎馬武者を一度に盆板に乗せ、先陣争いを本格的に描いた。盛岡市内では一番組が、この構想を採っている。
戦前の盛岡祭りにはざんばら髪で開扇をかかげた佐々木高綱が出たが、これは歌舞伎に登場する佐々木高綱で、高綱の名で真田幸村を描いたものである。
見返しには宇治川合戦で敗れ非業の死を遂げる木曽義仲を絡めて『巴御前』、また高綱と先陣を争った『梶原景季』が飾られることもあった。景季は風流をたしなむ武将で、一の谷の戦いでは矢を収める箙（えびら）に梅の枝を差して戦ったといわれ、その姿が山車に採り上げられたらしい。
（ＨＰ内公開）
（騎馬武者の演題）
高綱のような騎馬武者ものには、ほかに『天慶の乱（平将門）』『八幡太郎義家』『巴御前』『義経一の谷』『熊谷次郎直実』『義経弓流し』『那須与一』『大楠公』『山内一豊』『曲垣平九郎』などがあり、これに限らず武将を勇壮に描くひとつの手立てとして、騎馬武者に仕立てる例は多い。騎馬としてではなく小道具として馬を用いた例には、『畠山重忠』『新田義貞（藤島の合戦）』などがあった。盛岡では仙北町のは組、中野のと組などが馬を上手に作る組として知られ、一戸や沼宮内など県北地方では全般に騎馬武者が好まれ、作られることが多い。
他地域では、青森ねぶたや黒石ねぶたで宇治川の先陣争いが描かれている。扇ねぶたの画題には登場していない。日本海側、秋田や山形の山車人形でも近年の取材例は皆無である。岩手県内では二戸の平三山車の見返しに高綱が出ることがあるが、表の演題にはほとんど上がってこない。大船渡の盛町式年大祭で、宇治川先陣の館山車が出たことがあるが、かといって県南地域によく見られるかといえば、そうでもないようである。
文責・写真：山屋 賢一
（見返しの佐々木高綱(二戸山車)は、読者様から写真を提供していただきました。御礼申し上げます。）
| 提供できる写真 | 閲覧できる写真 | 絵紙 | |
|---|---|---|---|
| 盛岡山車『佐々木高綱』 | 盛岡と組（本項） 沼宮内新町組 盛岡一番組 一戸本組（本項） 沼宮内ろ組 野田村中組見返し |
盛岡な組（本項） 盛岡生姜町 盛岡め組 沼宮内ろ組 盛岡一番組 大船渡盛町館山車 青森ねぶた 青森黒石 |
盛岡な組（伯楽） 盛岡一番組（正雄：色刷） 一戸本組（国広） 盛岡生姜町 盛岡め組（国広） 盛岡一番組（富沢） 盛岡と組 |
| 『宇治川の先陣争い』 （騎馬武者二基） |
沼宮内の組 盛岡一番組 |
盛岡一番組（圭） |
（音頭）
佐々木高綱 拝領（はいりょう）の駒（こま）で 宇治の波間に 競い合う
音に聞こえし 佐々木の四郎 名も高綱の 伊達姿
佐々木高綱 先陣の 功（いさお）は幾代に 芳し（かんばし）し
逆巻く流れの 宇治川渡り 先陣遂げて 名を高く
宇治の先陣 競う高綱 その名も高き いけずきと
名馬いけずき 産地を問えば 黄金（こがね）華咲く 南部馬場（なんぶばば）
その名いけずき 摺墨（するすみ）とこそ 馬にまつわる 勲（いさお）たて
馬はいけずき 乗り手は佐々木 四郎高綱 早瀬（はやせ）つく
共に源氏に その名も高く 手綱も軽く 先陣取り
佐々木高綱 駒うち並べ 宇治の荒波 競い合う
宇治の川瀬に 先陣かけて 駒を競える 水飛沫（みずしぶき）
宇治の渡しに 先陣遂げて 武勇の神と 仰がるる
宇治の先陣 高綱なりと 名乗る音声（おんじょう） たからかに
源太景季（げんだ かげすえ） 箙（えびら）の梅と 匂い競える 一の谷 『梶原景季』
【写真抄】
（１枚目：盛岡市本宮な組平成元年）ちょうど音頭を上げているときに撮影した。人形も立派だが、飾り方がすばらしいと思う。大胆で荒々しいが、決して雑ではない。勇ましい山車である。岩手町の山車組で製作。（２枚目：盛岡市中野と組昭和59年）いわゆる正統派、一昔前の盛岡の武者ものは皆こういう感じだった。直垂が基本的に金色で、武者の顔には髭があって、馬は張子で灰色で…懐かしい写真。（３枚目：本組平成15年）一戸の本組は決して下手な組ではないが、この山車に限ってはあまり実力が発揮されていない。本文中で触れた中の「刀を吊り下げたタイプ」の高綱で、風貌・色彩ともこの作品独特のものを持っている。（４枚目：二戸まつり下町の山車）いわゆる平三山車。佐々木高綱はここでは見返しに上がることが多く、川の中に馬が入るので、那須与一に使う足のない黒馬に乗せる。