郷土芸能見聞録 さんさ踊り
さんさ踊りは、
一般的には浴衣に草履履き、腰に5色の帯を締めて腰で振るってたなびかせ、頭には華やかな牡丹の花をいただいた花笠をかぶり、笛、太鼓、鉦の音に合わせて輪になって踊る。多くの場合、囃し方は太鼓を胴にしっかりとくくりつけてこれをたたきながら、あるいは笛を吹きながら、手踊りと同じ足運びで踊りの輪に入る。鳴り物の奏者が踊りの輪に入っていっしょに踊るというのがさんさ踊りの大きな特色であり、「日本一激しいリズムの盆踊り」として全国からの注目を浴びた。
さんさ踊りの発祥には諸説があるが、しし踊り、念仏踊り、田植え踊りといったもともとその地域に伝わっていた芸能の長所を集め、これに特有の速いリズムを加えて形を整えたものであると思われる。とくに紫波地方のさんさ踊りについては、土着の芸能の人数制限(たとえば大念仏踊りはきっちり36人で踊る、など)からあぶれた踊り子たちが独自に踊り組みを結成し、盆の門付け回りを行ったことにその起源を見るものであり、実際装束には念仏踊りの趣が濃く、足の動きにはしし踊りのステップの影響があり、手の動きには田植え踊りのセンスが反映されている。これらの芸能との密接なつながりが年を経るごとに徐々に薄れ、やがて現在のような独立した形を取るようになったのではないだろうか。有名な発祥説話として三ツ石大権現の羅刹退治の伝説や坊主帰り、源氏の兵隊の戦意高揚舞曲説などがあり、どの時点で現在のような激しさ、リズムのよさが編み出されたかについて、現状からの考察が待たれる。
紫波地方に伝わる古い型のさんさ踊りである。
一説には、奥州藤原氏が開いた佐比内金山の盛況を喜び踊ったものとも謂われ、また、念仏踊りの形式上の人数制限からあぶれてしまった踊り手が、死者をあの世へ送る死に装束をまとい頭上に蓮の花を乗せて踊ったのが、その起源ともされている。後者の説からは、後にさんさ踊りが盛岡広域の盆踊りとして定着していく過程を想像することができ、さらにそれに全国的な風潮を反映して民謡調の賭け歌が取り入れられ、現在の形となったと思われる。
踊りの特徴として、手を斜めに振る動きが中心となっており、全体に回転を伴う所作が多い印象がある。また、踊りはじめと踊りの終わりには「礼太鼓」という太鼓の乱れ打ちが入り、この種の踊りの最大の見所となっている。ただし現在では礼太鼓を演じる団体は限られている。手ぬぐいを振る踊りが共通して伝わっており、「はらはら」という掛け声を入れて踊りを締めくくる演目として使われている。浴衣は短めに着て、手には手甲、足には脚伴をつけ、腰の低い踊りとダイナミックな太鼓の動きが魅力だ。
●船久保のさんさ踊り(
確認演目:『相馬節』ほか
確認日時:紫波夏祭り(96.8.15・97.8.15
特記事項:泥臭さが濃厚に残るさんさで、太鼓は女人禁制とされるほどの激しさがあった。『歩き節』のリズムの驚くほどの緩やかさ、それに続く『礼太鼓』の激しさ…と、寒暖の差がくっきりと浮き出ている見事な演出である。全部で48種類の踊りを伝承しており、全国の民謡を取り入れた「節もの」の演目は踊りの入りが千差万別で、どこから舞い込み始めるがワクワクする。以前は『礼太鼓』にあわせて最後にものすごく早く激しく踊っていた記憶があるが、現在はやっていないようだ。
●大瀬川のさんさ踊り(
確認日時:いしどりやまつり(97.9.10・00.9.9・02.9.10 石鳥谷好地商店街)
特記事項:撥の捌きが細やかで、聞き応えのするさんさ太鼓が魅力。(参考 一般的には「ダンカトダンカトダンカトカ」と叩くところを、大瀬川は「ダンカトダカスカダンカトカ」と拍子を増やして叩いている。)衣装にも古ぶるしさが残っていて、太鼓の笠には花がなく、船頭のような一風変わった雰囲気がある。
●日詰の鍛治町さんさ踊り(
確認演目:『鬼剣舞崩し』ほか
確認日時:日詰まつり(00〜.9.初旬
特記事項:戦前戦後を通して日詰まつりの余興として踊られてきた。もともと鍛冶職人の多かった鍛冶町に郷土芸能がないのを嘆いた赤沢からの移住者が当地に伝え、黒川さんさ・船久保さんさをはじめ岩手県広域のさまざまな芸能を参照し、長所を取り入れて現在の形としたといわれている。下町情緒のある早拍子の教え踊りに続き、紫波地方特有の回転を生かした鋭い踊りが繰り出され、通り太鼓による舞い込み、礼太鼓など連中さんさ、古型さんさのよいところが凝集されている。傍らには大きな花傘がつき、日詰まつりでは引き子装束のまま踊るという独特の趣向があり、東京都の神田明神にも年に一度奉納される恒例がある。
●長岡のさんさ踊り(
確認日時:紫波夏祭り(01.8.5
特記事項:短い曲で回りながら舞い込む。回転の多い紫波風の踊りながら、腰のあたりに低く構えて太鼓を打つ姿には特有の雰囲気があり、復活後2年を経ずして盛岡さんさ踊り伝統さんさ競演会に抜擢されたことも手伝い、年を追うごとに少なくとも装束は変わり、踊りの雰囲気も素朴さを脱して集団輪舞化している。
●西徳田伝承さんさ踊り(
確認日時:
特記事項:かつて長岡から伝えられたというが、踊りの雰囲気は独特のもので、どこから舞いだすか分からないあたりが紫波風である。大人のみの踊りでは連中さんさの中でもかなり高いスキルを誇り、子供の踊りは各種イベントで積極的に披露されている。
●倉沢のさんさ踊り(
確認日時:地域文化まつり(02.6.15
特記事項:太鼓は輪の中央に据えて大人2人が細長い撥でたたく。これは和賀特有の雰囲気だ。踊りは紫波地方のさんさに近いような印象なので、両者混交の踊りといえる。笠の縁の部分に田植え踊りのような短冊がついていること、掛け歌のメロディーがほかに無いような特異な節付けをされていることなどが特徴。かなり独特で興味深い要素を含んださんさ踊りである。。
●南矢幅のさんさ踊り(
確認演目:『尋鼓踊り』ほか
確認日時:盛岡さんさ踊り(02.8.3 盛岡駅滝の広場)・
特記事項:黒川から取り入れられたものだが、本踊りに入ると紫波系の礼太鼓のスピードですごく激しい踊りを展開していく。古い形のさんさ踊り(紫波系・連中系)では最もリズムの早いものであり、腰や肩がその中でしっかりと風を切っている巧みさがある。
●中村のさんさ踊り(
確認日時:
特記事項:岡目とひょっとこ2人が一八としてつき、テンポの早めなさんさを披露するが、土地柄上、彼らは一八ではなく「ふくべふり」と呼ばれる(ふくべふり:遠野のしし踊りなどで使われている言葉)。軽いタッチで踊られるが、手の動きや花笠の造りなどに紫波系の色が濃厚で、沿岸のさんさでは珍しく、正統な伝わり方をしている例。
●岩脇のさんさ踊り(
確認日時:宮沢賢治生誕祭関連イベント
特記事項: 装束は変わっているが、踊り方は紫波地方のさんさ踊とほぼ同じで、手拭振りや礼太鼓なども行われている。花笠は妻折笠に花びらをそのまま貼り付けたもので、一八と思しき輪の真ん中で踊る踊り手だけは笠をかぶらず頬かむりをしている。皆化粧回しを着けて踊る。
乙部地方周辺に伝わる連中参差
さんさ踊りは周辺に伝わる様々な郷土芸能の長所を集約したものであり、具体的には
●権現堂(片寄)のさんさ踊り(
確認演目:『歩み太鼓』『四拍子』ほか
確認日時:
特記事項:唯一、三本柳さんさ踊りをそのまま踊る郷土芸能団体として
●乙部のさんさ踊り(
確認演目:『しし踊り崩し』ほか
確認日時:盛岡さんさ踊り(00〜.8.1〜3)・もりおか郷土芸能フェスティバル(01.9.9 キャラホール)
特記事項:三本柳や黒川のように片足が地面から離れることがなく、常に添え足で踊られている。足の踏み位置が広く、ほぼ体を半回転させるような位置に足をつく。だから上半身の動きがもう少し派手であれば、かなり見ごたえのする踊りになるだろう。盛岡の郷土芸能祭で若手中心の踊りを見たときが一番華やかであった。
●黒川の参差踊り(
確認演目:『庭慣らし』『二度踊り』ほか
確認日時:盛岡さんさ踊り(00〜.8.1〜3)・黒川舘林神社例祭(00.8.17
特記事項:『通り太鼓』のほのぼのとした風情とそれに続く『庭慣らし』(教え太鼓を伴わずにいきなり踊り始める)の見事さが圧巻だ。前九年の役で東征した源氏の武者達が士気を鼓舞するために踊ったものを真似たといわれ、さんさ踊りが現在のような激しさを得る前から激しく踊っていたことを伝える。4人で組む『4つ踊り』など、ほかの踊り組みにはない高度な組踊りを持っており、腰を低く保ちながら上体を捻り曲線で踊るダイナミックな至芸として地元はもとより全国的にも有名であり、県内外に多くのファンを得ている。とくにも、おなじみの「ダンコンダコスコ…」の部分の振りが、まるで輪を描くように上半身を揺らすので、見ごたえがする。全体に後ろに下がる動作にダイナミズムがあって、一つ一つの動きを丁寧に作っている。余芸に田植踊りの『中踊り』を演じるというのも珍しい。
●門のさんさ踊り(
確認演目:『甚句踊り』ほか
確認日時:盛岡さんさ踊り(00〜02.8.1〜3 盛岡駅前滝の広場)・さんさ踊り芸能館(01.10.8
特記事項:はじめはこのくらいダメなさんさもないものだと思っていたが、近年著しくそのスキルを上げ、一時期は著者の最もすすめる連中さんさであった。胴を使った太鼓の揺らぐような扱いが大変見事であり、手首や腰など、細部の気配りも非常によくなされている。通り太鼓の不思議な撥の使い方も注目に値するところ。現在は再び安定期に入っているようだ。
●三本柳の参差踊り(
確認演目:『歩み太鼓』『獅子踊り崩し』ほか
確認日時:盛岡さんさ踊り(01.8.3 盛岡駅西口マリオス・02.8.3 盛岡駅前滝の広場・
特記事項:周辺に伝わっていた盆踊りを整理・拡張して33演目の崩しを新作し、これをもって南部公から一巻の巻物を伝授されて踊りの伝承を委託されたといわれる、いわゆる「元祖」説を持つさんさ踊りである。スピード感と絶妙なタメが魅力で、北上みちのく芸能まつりでも注目を集めている。特にも一連の『獅子踊り崩し』といわれる踊りに、幕踊り系の腕の流れが良く反映されている。また『七拍子』には座敷田植踊りの笠振りの部分を見事に取り入れた振り付けが見られる。
●白沢のさんさ踊り(
確認演目:『庭慣らし』ほか
確認日時:盛岡さんさ踊り(01.8.1 盛岡駅前滝の広場)・
特記事項:黒川参差に教えを受けているものの、かなり一般的なさんさ踊り(正調)の趣が取り入れられていて、あいのこ的なさんさ踊りといえる。ほとんどしゃがむようにして踊られる腰の低い「さっこら…」の振りと、踊り出しの微妙な上体の浮き上がりが見事で、ダイナミックさと上品さの両立がきちんと達成されている珍しい例だ。子供組の踊りもなかなか大したものである。
●下赤林のさんさ踊り(
確認演目:『庭巻き』ほか
確認日時:
特記事項:三本柳さんさ踊り系といわれており、形式は確かに似ているが、より複雑化しており、心持ち足を開いた感じで踊っているので男らしい勇壮な踊りに仕上がっている。
●高田のさんさ踊り(
確認演目:『庭巻き』ほか
確認日時:
特記事項:黒川さんさ踊り系だが舞い込みは歩み太鼓にて行うということで、三本柳にも似た感じがする。珍しい演目として、太鼓をたたかずに胴で回して見せる踊りがあり、これは耳取系の獅子踊りから引き写したものであろう。
●仙北小鷹のさんさ踊り(
確認日時:盛岡さんさ踊り(02.8.2・04.8.3)
特記事項:ダンコンダコスコ…のとき、上半身を前に乗り出して左右に大きく胴を、つまりは太鼓を振って見せる動きがすごく印象的だ。こういう工夫はありそうでなかなかないものである。ここまで太鼓振りを強調して見せているのはこの団体だけであろう。
●永井のさんさ踊り(
確認日時:多賀神社祭礼宵宮(04.9.1夜8時ごろ
特記事項:9月1日の多賀神社祭宵宮にて、懸賞付きのさんさ踊り大会が開催される。このとき踊られるのはいわゆる統一さんさではなく、三本柳さんさに似た大ぶりな手の振りと上体のひねりを伴うもので、大衆参加型の踊りとは到底思われないほどスキルが高く、当地がいかに芸達者の多い地域であるか実感させてもらった。恐らく一年に一回、このときしか見られないものなのであろう。
さんさ踊りの正調三派
周辺に伝播したものでも、多くは近年統一さんさ、ないしその原型による形で成立したものと思われる。筆者が仮定するこの種のさんさの原型は3団体で、ひとつは山岸のさんさ踊り、これはもっともコンパクトに、簡易にまとめられたさんさであり、教え踊りを簡略して太鼓を打ち鳴らすだけの形としたほか、装束についても着流しの気軽さをあくまで活かし、多種の崩し舞にきちんとした定義付けを行って複合芸能からひとつ先を行く独自の芸能としてさんさ踊りを昇華している。二つ目は太田のさんさ、一般に盛岡さんさ踊り清流会の名で親しまれる上太田さんさ踊りがその代表といえる。南部型(連中系)のさんさの緩やかさにスピード感を盛り込み、また、男らしさを女らしさに差し替えた。集団観衆参加型盆踊りをステージ芸にまで高めたという点、色々な道具を踊りに挿入した(囃子舞くずしの扇、田植踊り崩しの綾など)点などで現在の主流を築いた団体である。最後に大宮さんさ踊り、これは連中系のノリを巧妙に盛岡正調型に仕立て、やはり複合芸能を独自のものへと進化させた貴重なプロセスを示すものと思われる。
筆者はこの3団体を盛岡さんさ正調三派とし、上記してきた一般イメージのさんさをこの類に続くものと見ている。
1、正調さんさ一般型
〜正調の山岸・上太田・大宮によったものと、統一さんさの色が濃いもの、またはこれらに沿うような基本的特質のみをたたえているさんさで、おそらくは戦後に盛岡近郊にさらに拡充したものと思う。盛岡さんさ踊りのパンフレットはさんさの楽器の要素として鉦を数えているが、これは正調三派のうち山岸と大宮が特に用いるものであり、伝統的なさんさ踊りではむしろ異色の要素といえる。統一さんさに多分に鉦が取り入れられている点を考えても、やはり3団体を正調の芸と考えるのが自然であろうと思う。〜
●十日市のさんさ踊り(
確認演目:『はらはら』ほか
確認日時:
特記事項:山岸の踊りを伝承しており、『礼踊り』の扇子を使った踊りには上品な趣を感じる。太鼓の勇ましさと踊り手の優雅さとのマッチングが絶妙なさんさ踊りだ。
●野原のさんさ踊り(
確認演目:『栄夜差』ほか
確認日時:川口豊城稲荷神社例大祭(99〜00.9.21
特記事項:川口まつりに登場する大人数の一般さんさ。
●上太田のさんさ踊り《盛岡さんさ踊り清流会》(
確認演目:『長者の山』ほか
確認日時:盛岡さんさ踊り(00.8.1・ 01.8.1・ 02.8.1・3)・さんさ踊り芸能館(01.10.8
特記事項:体の切り返しが非常に鋭いさんさで、正調さんさを最も綺麗に踊っている組。囃子舞に関しては、これほどかっこいい芸を持つ踊り組はジャンルを超えて、ない。うねりを伴う撥のこまやかな扱いの見事さをはじめ、洗練された優雅勇壮な踊りは盛岡さんさ踊りの輪踊りに至って最高潮を迎える。
●元村のさんさ踊(
確認日時:盛岡さんさ踊り(00.8.3)
特記事項:中央通に響き渡った太鼓の激しさ、勇壮さが印象深い。
●山岸のさんさ踊(
確認演目:『雀追い』ほか
確認日時:桜山神社例大祭(01.5.27
特記事項:尺八寸太鼓という比較的大きな太鼓を使い、一八はなく教え太鼓のみをリズミカルに囃すのが特色。由来のはっきりした踊りばかりなので見ていて楽しく、発想の豊かさに驚かされる。独特の踊りに『雀追い』があり、正調を崩して雀を追い払う動きを添加したものだ。囃子舞も楽しい雰囲気で気に入っている。
●庄ヶ畑のさんさ踊り(
確認演目:『甚句踊り』ほか
確認日時:さんさ踊り芸能館(01.6.3
特記事項:装束を変えずに囃子舞をするのが珍しく、かならず囃子舞を踊ることを信条とする点で希少な団体。甚句踊りが見事なことで知られ、「庄ヶ畑甚句」の威名をとっているが、激しさのためか、ほかの踊りよりも回数を減らして踊る傾向があるようだ。沿岸地域への伝承も行ったといわれ、
●北山のさんさ踊り(
確認演目:『囃子舞崩し』ほか
確認日時:盛岡さんさ踊り(01.8.3・02.8.1)・もりおか郷土芸能フェスティバル(01.9.9 キャラホール)
特記事項:歩み太鼓が独特の旋律で、ほかの踊りが限りなく普通の色のためかえって印象に残りやすい。緑色の綾棒を持って踊る田植踊り崩しが見もの。三ツ石神社付近に伝承され、しかも南部向い鶴の使用を許されている事から考えても、この団体こそ元祖さんさ踊りではなかろうかと思われるが、伝承過程が不明朗なことに加え、技術的にも往時の技にはやや及んでいないのが現状。殿様から拝領した鉄砲を持って踊る『差取り舞』が伝承の正当さを裏付ける代表的な演目だが、現在は特に踊る機会はないという。
●中太田のさんさ踊り《さんさ伝承会太田太鼓》(
確認演目:『茶屋節崩し』ほか
確認日時:盛岡さんさ踊り(01.8.3・02.8.1)・もりおか郷土芸能フェスティバル(01.9.9 キャラホール)
特記事項:清流会とほぼ同じ踊りの構成だが、荒く飾りをつけずに踊っているので男性的なイメージがあると関係者が語っている。迫り狂う潮のような迫力のある『茶屋節くずし』が圧巻で、いかにも太鼓芸能というべき盛り上がりのある打ち方は郷土芸能では稀有。撥をまわしながら踊るのは太田さんさの特徴で、たたいてから撥を天高く上げるのも精悍な印象である。『田植踊り崩し』ではかなりリアルに座敷田植の一場面を切り取っていた。
●大宮のさんさ踊り(
確認演目:『幸呼踊り』『神楽くずし』ほか
確認日時:さんさ踊り芸能館(01.7.8・01.11.11
特記事項:有名連といい、盛岡正調さんさの中でもとりわけ高い人気を誇る。掛け唄が上手というのが一番の魅力と思う。踊り自体も正調派では複雑なほうで、一八の教え踊りも付き、ここの一八は道化ではなく専ら技術を見せる意味合いが強い。『神楽踊り』は大宮神楽権現下舞の一部を組み込んだ本格的なもの、指を絡めて前に構える独特の振りが特徴となる。万歳や囃子舞など昔ながらの演目の復活にも勤めている。
●下久根のさんさ踊(
確認日時:もりおか郷土芸能フェスティバル(01.9.9 キャラホール)
特記事項:掛け声が色っぽい、すごくやさしい響きであった。盛岡さんさにはあまり出てこないが、かなり上手なさんさなのでもっと見る機会がほしい。
●巣子のさんさ踊(
確認日時:滝沢山車まつり(01.10.6
特記事項:滝沢山車祭りの余興としておまつり広場ステージにて披露される。統一さんさとほとんど変わらなかった。一般的な踊りを5,6種類持っている。太鼓の先頭の女の子の切れのよい打ち方が印象に残っている。
●滝ノ下のさんさ踊(
確認日時:盛岡さんさ踊り(02.8.3)
特記事項:パンフレットによれば「もっと品よく踊れ」といわれるくらいの激しさを持つといわれ、実際意識して見てみるとそこまで激しいものではないが、太鼓に打ち込んでいるといった雰囲気の力強さがうちから滲み出、渋い燻し銀的な魅力を感じた。
●沢目のさんさ踊(
確認日時:
特記事項:いまいちパッとしない印象の統一系さんさで、演目は10数種ある。太鼓のたたき方が割とやさしめ。どの踊りも、盛岡広域でよく目にするものであった。
●西根のさんさ踊(
確認演目:『三拍子』『長者の山』ほか
確認日時:大更八坂神社例大祭(03.7.15
特記事項:笛が無く見た目も山岸のものとほぼ同じなものの、踊り自体は結構特殊で、通りに使うお囃子は三本柳のような通り囃子になりきれていないもの、基本拍子2つにくわえて甚句踊りと長者の山、礼踊りといった演目の取り合わせの中に、ほかで見られるようなサンドイッチ形の組み合わせを崩してある趣向があったり、よくよく吟味すると興味深い踊りである。手の振りも、一部は横ではなく縦に開く場合があった。
2、正調さんさ連中流れ崩し型
〜連中崩しといっても舞振りにはほとんどその勇ましさは反映しておらず、装束、形式、リズムの早さなど断片的に連中の名残をとどめる程度である。やはり分布の境界にあたる
●東安庭のさんさ踊り(
確認日時:盛岡さんさ踊り(00.8.3・01.8.1・03.8.2)
特記事項:連中さんさらしい動きが多いが、全部正調風に軽く流してあるので気をつけて見ないとそうは見えない。太鼓のみが妻折笠をかぶり、踊り手は正調型の笠である。もっと踏み込みやひねりが加われば、全く違う印象の踊りになるような…。
●東中野町のさんさ踊り(
確認日時:もりおか郷土芸能フェスティバル(01.9.2 キャラホール)・ザ太鼓(03.7.13
特記事項:三本柳から伝わったとされるが、その色はほとんどないように思う。やや趣をたがえる形で『歩き太鼓』が伝わっているのは興味深い。笛のメロディーが単調な節を連続してかなでるのみに留まっているのというのも面白く、しかも気にかけずに聞いているととてもそうは聞こえないあたりが妙味。
●羽場のさんさ踊り(
確認日時:もりおか郷土芸能フェスティバル(02.9.8 市民文化ホール)
特記事項:普通に見られる踊りのリズムの後ろにさらに一拍子加えてあるほかは、あまり他と変わったところは無い。優しい太鼓のたたき方をする。下久根、城内とともに盛岡さんさにはあまり出演することがない。
3、正調さんさ厨川型
〜笛のメロディーに特殊な工夫の見られること、太鼓の激しさに早さが加わっていることなど、総じてスピード感がかもし出す見ごたえが特徴。
●土淵のさんさ踊り(
確認日時:盛岡さんさ踊り(00.8.1・01.8.2・08.8.3)
特記事項:笛のメロディーが独特である。太鼓の若者らしい激しさが大量踊り手パレードの形式を見事に生かし、エネルギッシュな雰囲気で踊られている。踊り手総勢100名、太鼓の豪快さとわずかに聞こえる笛の妙味、「こんばんわあ」の踊りは『サッサノサ』をパレード用にもじって観客に一礼する。輪で踊る際には踊り子の一人が教え踊りを演じる。
●厨川のさんさ踊り(
確認演目:『神仏お寄せ踊り』ほか
確認日時:盛岡さんさ踊り(01.8.2・02.8.1)・もりおか郷土芸能フェスティバル(01.9.9 キャラホール)
特記事項:盛岡最速のさんさで、あまりの激しさにたびたび太鼓は踊りに加わらず、手踊りのみで踊る場合があるほどだ。庭入りと引き庭の回転しながらの舞い込みが珍しく、両手を手前に出してゆらゆらと触れて見せる動きが印象的。特有の演目として『神仏お寄せ踊り』があるが、宗教色と盆踊りの気安さの両面を見事に表しているものといえる。
●大沢のさんさ踊り(
確認日時:さんさ踊り芸能館(03.5.11 プラザおでって)・盛岡さんさ踊り伝統さんさ競演会(08.8.3 盛岡駅滝の広場)
特記事項:スピード感あふれる舞ぶりは観客の目を奪うものがあり、非常にノリがよい。一八の教え踊りは序盤の一拍子だけで、あとは全体の踊りとなる。中には雫石・滝沢系の踊りも入るが、基本的に盛岡、厨川方面の色で統一されている。ただし、笛のメロディーの変調は見られない。通り太鼓は入場、退場で異なる(一度聞いただけではあまり変わらないように聞こえるが…)。盛岡駅前の公演では一八の女の子が終始休まず大変細やかな踊りを演じ、観衆を感動させた。
4、正調さんさ雫石型
〜
●上駒木野参差踊り《雫石高校郷土芸能委員会》(
確認日時:岩手県高等学校総合文化祭郷土芸能部門発表会(01.10.5
特記事項:この手のさんさでは稀有な腰の低さで、前に進む部分で体が3重にくねっているように見える。教え太鼓はゆっくりと、本踊りではかなりスピードを上げ、掛け声のそろい具合から太鼓、笛、踊り手のくねりを通した一体感が大変に美しく、いつまでも見入ってしまいそうな至芸だ。高校文化祭でも高い評価を得ている。
●滝沢のさんさ踊り(
確認日時:盛岡さんさ踊り(01.8.2)
特記事項:一八のしなやかな舞ぶりがそのまま反映する形で踊りの輪全体に広がっていく技術の高さを感じた。浴衣には馬の人形を染めている。
●上町のさんさ踊り(
確認日時:
特記事項:所作の細部に違いがあるものの、全体として雫石系のほかの団体に似た踊りの構成である。
●中島のさんさ踊(
確認日時:
特記事項:綺麗な響きのする通り太鼓に「はいい」という民謡めいた掛け声が入るのが雫石ならでは。
●上長山のさんさ踊(
確認日時:
特記事項:所作の細部に違いがあるものの、全体として雫石系のほかの団体に似た踊りの構成である。
子供太鼓のさんさ踊り
子供達が担うことの多い、太鼓がやたらに多いさんさ踊りをまとめている。盛岡の小さな夏祭り(
●上田のさんさ踊り(
確認演目:『鬼やっこ踊り』ほか
確認日時:酒買地蔵尊例大祭(
特記事項:子供の声によるキーキーカッコがいい。95%が太鼓のさんさで、盛岡さんさ3曲にくわえて『獅子踊り崩し』『礼踊り』などの伝統演目も持っている、けっこう本格的でそれなりのスキルを誇る子供さんさ。筆者が唯一、唄で泣ける。旭橋の袂にある川留稲荷神社のお祭り、材木町の酒買地蔵、高松神社など、芸能の層が薄い上田地区にあってお祭りを盛り上げるのに大いに貢献している。
●広宮沢のさんさ踊り(
確認日時:広宮神社例大祭(
特記事項:百姓踊りと共に子供達によって神社に奉納される。統一さんさとは違う、泥臭い味が特に笛の音色に色濃く、踊り手がすべて半袖短パンに半纏鉢巻という装束であるにもかかわらず、けっこう楽しめた。
●繋の子供さんさ(
確認日時:御所湖まつり(01.7.28
特記事項:太鼓しかいない水色半纏の子供によるさんさ踊りで、踊りというよりは太鼓を打ちながら歩いているという感じ、表現にそれほど起伏がない。御所湖で行われる夏祭りで活躍する。
●東仙北のさんさ踊り(
確認日時:虚空蔵菩薩夏祭り(
特記事項:盛岡さんさのパレードで仙北組の先頭で踊る団体だそうで、着流しに太鼓をぶら下げて歩きながら打つといった印象。あまり踊りの体がよく見えない。
●天瀬のさんさ踊り(
確認日時:
特記事項:型としては雫石系の踊りだが、踊り手の動きが少なく太鼓が多いために、太鼓を持って歩いているという印象である。
県北部のさんさ踊り
さんさ踊りの北限は青森県まで至るというが、お祭りの場でよく目に出来るのは岩手郡周辺までである。俗に言う「中山峠以北(
●南山形のさんさ踊り(
確認日時:川口豊城稲荷神社例大祭(00.9.21
特記事項:県内最速リズムで、「集まりさんさ」と呼ばれる。腰を落とさず手足の切り返しで踊る軽快なもので、太鼓踊りというさんさの側面を強調するとこういう感じになるのだなあと納得。数種類の踊りをたて続けに演じていくテンポのよさが魅力的だ。連中さんさとはまったく違った意味での迫力を楽しめる。
●葛巻のさんさ踊り(
確認日時:八幡宮例大祭(
特記事項:衣装がすごく変わっている。太鼓の全踊り手に占める割合はそれほど高くないが、踊り手が動きを極力小さくして踊っているため、太鼓の迫力が強調されている。教え太鼓を一回打ち鳴らした後に踊りに入る。
陸中沿岸のさんさ踊り
陸中沿岸地方にもさんさ踊りがわずかに伝承しているが、これは多く盛岡から宮古街道へ向かう潮の道を通って伝わったものといわれ、長い伝承路をたどるうちに、特に笛のメロディーが沿岸諸芸能の底抜けに明るいメロディーを受けて本来のものと著しく変わってしまっている。まず耳で楽しめる異色の踊りである。踊りの構成も、内陸の教え太鼓や教え踊りの風習が薄れ、幾種類もの演目を立て続けに演じて見せる例がほとんどで(ステージにあわせた改変の可能性もある)、衣装についても、特に花笠に地域独特の工夫が加わっている。
●津軽石のさんさ踊り(
確認日時:盛岡さんさ踊り(00.8.3・02.8.3)・
特記事項:もともと山岸から伝わったものといい、太鼓のリズムはそれに準じているものの、笛の旋律がまったく変貌してしまっていて耳に残る。軽快な踊りぶりが観客をあきさせることなく、盛岡さんさの夜のパレードのように行列を組んで踊りまわれば、激しさ・軽やかさが一層引き立つ。珍しく教え踊りの習慣が残っていて、踊りの輪から飛び出した2人で踊る。盛岡さんさに招聘されたのは実によいアイディアと思ったが、続かなかった。
●南川目のさんさ踊り(
確認演目:『やんさか』ほか
確認日時:盛岡さんさ踊り(00.8.3)・
特記事項:すべての踊りにおいて一礼してから踊り始める。笛はつかず、太鼓は袴装束で足を開いて踊る。佳境、そして庭引きの舞である『やんさか』は「やっさかこらよお、きたこらさああ、きたこのさっさ」の独特の掛け歌に続いて繰り出される、緩急相容れない見ごたえのする踊りだ。
●大浦のさんさ踊り(
確認日時:みやこ広域郷土芸能まつり(02.1.19)
特記事項:笛のメロディーがやはり不思議な発展の仕方をしていて、3列応対で踊るときには、踊らない2列は土下座状態で出番を待っている。いくつかの踊りを一回ずつ連続して踊っていくのがいかにも沿岸らしい。
伝承最南端 稗貫・和賀の静かなさんさ踊り
稗貫(現花巻市)、和賀(現北上市・西和賀町)地方には、「さんさ踊り」と名はついているものの、盛岡のものと比較して著しく芸風の違う盆踊りが伝承している。激しい太鼓踊りである盛岡さんさの「動」に対して、こちらは静かな印象がある。太鼓は踊りの輪の中央に据えられ、座った状態でたたく。太鼓踊りとはまったく異質のものであり、そばには灯篭を中核に据えた盆の飾りを立てる。踊りと踊りの間に休みの拍子がある。休みの拍子をはさんで、すぐに次の踊りに入る。着流しで踊り、小さな紙の花をたくさん附けた笠以外には特別な飾り物をつけない。盆踊りとしての形がよく残った「繋ぎ目」的なさんさ踊りと位置づけられる。観光客は、北上みちのく芸能まつりや花巻の郷土芸能祭で目にすることができる。旧
●下藤根のさんさ踊り(
確認日時:北上みちのく芸能まつり(01.8.8・02.8.8)
特記事項:太鼓を地面に置いて踊る。盛岡のような激しさがほとんどなく、掛け唄のメロディーも全く違う。歌詞は同じなのが余計に不思議に感じられる。大きく2系統の踊りに分断することができ、「さんさえい」という掛け声がつかないものもある。踊りと踊りの間で腰に手を添えて調子を取る。
さんさ踊りのおおまかな演目
踊り始め1 『通り太鼓』
太鼓や笛を演奏しながら通りを練り歩くときの囃子で、一般に踊りはつかない。踊りに用いるリズムと比べてペースが緩く、素朴でほのぼのとした囃子である。
踊り始め2 『庭巻き』
庭に入るとき、演者一人一人が踊りながら輪を作っていくもので、三本柳さんさの『歩み太鼓』をはじめ、都南矢幅方面によく見られる。北方では厨川のさんさ踊りが伝えている。黒川さんさの『庭慣らし』はあらかじめ輪を作ってから、教え太鼓なしでいきなり踊りを始める。
先行する演技1 『教え踊り』
田植え踊りや獅子踊りに一部共通する一八という踊り手が、他の踊り手に先行してこれから演じる踊りを緩やかに踊る。道化的な演出を行うものもあるが、一般的にはスローペースで腰や腕など細部をしっかりとこだわりながら踊り、主にベテランが年季の入り具合を示す。伝承の北限は滝沢村の大沢さんさ踊りだが、一般に紫波郡を中心とした盛岡以南にて伝承されている。
先行する演技2 『教え太鼓』
踊りがつかず、一番太鼓がこれから演じる演目の拍子を一通り叩いてから、実際の踊りに入るという趣向。リズムの緩急がつく例は少ない。盛岡で主流の太田や山岸のさんさに見られ、統一さんさでもこのような趣向が見られる。さらに北上すると、先行演技そのものが見られなくなる。
基本的な踊り 『三拍子』など
さんさ踊りでは、基本的な拍子の途中に特徴的な動きを盛り込む事で数々の演目を作っているが、基本的な拍子のみで何も付さずに踊っている短い演目もある。三本柳では三拍子、大宮では一二拍子、山岸では五拍子、とそれぞれ呼び名が違う。
『獅子踊り崩し』
おもに盛岡の南側から紫波郡にかけて見られる。耳取獅子踊りの系譜を引く、囃し方が踊るタイプの獅子踊りから考案したと思われるもので、太鼓が宙に向かって反り上がり「よいこらこらこら」と撥を交差させる動きが入る。とりわけ旧都南村のさんさ踊りにはいくつも獅子踊りくずしが伝承し、2人組みになって踊るなど高度な技術を伴うものも多い。
『吉来活呼(きいきいかっこ)』
かっかとかっか、だだすこだんだんだん…という囃子を伴う部分について、踊り手が「きーきーかっこー」と掛け声をかける。きいきいかっこにはさまざまな字が当てられ、幸せを呼び込む踊りとして多く踊られている。三本柳では念仏踊りを崩した演目として踊られている。
『田植え』
田植え踊りから移入したとする踊りで、実際に田植え踊りで使う苗代の作り物(綾)を持って踊る例が幅広く伝承しており、中盤で腰をかがめて田植えの動きを行う。紫波郡では落穂を拾う様子を演じるものとして、踊り手が前傾姿勢になって首を振りながら手を叩く踊りが多く見られる。座敷田植え踊りの佳境である早乙女の笠振りを模した踊りには、三本柳の『七拍子』がある。
『手合わせ』
踊り手が中腰になって胸元で手のひらを複雑に返す踊り。上品な印象で、盛岡中央から北部にかけて見られる。紫波地方には、大念仏踊りの一部を取り入れた『剣舞崩し』がみられ、三本柳では上飯岡や手代森の剣舞が参考にされている。高館剣舞から移入した『剣舞崩し』もあるという。
『神楽崩し』
きめ細かい囃子の踊りはよく『神楽崩し』と呼ばれるようで、神楽本来の動きが反映する例は少ない。大宮さんさにのみ、権現舞で大宮神楽が演じる印を組む場面が挿入されている。
『囃子舞くずし』
太神楽や田植え踊りで演じられる、羽織に頭巾の装束で扇を持って踊る踊りを取り入れた演目。踊りの中盤で開扇し、下半身を据えたままで大きく輪を描くように状態を揺らし、扇を動かす。数ある崩し踊りのうち、一番印象の深い旋律のものである。南限は大宮さんさ、主に太田や繫のさんさ踊りで演じられている。これとは別に余芸として本物の囃子舞を演じるところもある。
『組み踊り』
2人組みになって踊る踊りのこと。崩し踊りには一般によく見られる趣向で、太田地区のさんさでは七夕飾りが風に乱れる様を描くとして『七夕崩し』と呼んでいる。三本柳さんさ踊りでは一番最後に踊るものなので『引き庭』という。黒川さんさとその師事団体では、2人ではなく4人が前後左右に複雑に絡み合う『四ツ踊り』を列で演じる。
『礼踊り』
最後に演じる踊りで、列になって観客にお辞儀をする振り付けが入っている。笠に片手をかけてサッと頭を下げる黒川、両手を翻したりしてお辞儀の動きを強調する三本柳、扇子を両手に持って踊る山岸など各団体に工夫が見られるが、一般的には踊りの最中にきちんとしたお辞儀の振りが入る、というパターンが多い。
『手拭踊り』
紫波地方のさんさ踊りには礼踊りがなく、手拭を片手に持って「はらはらはらせ」と飛び跳ね、観客に暇乞いをする。船久保さんさ踊りではこの踊りを演じた後に一例の体勢のまま「礼太鼓」を打つ。
『囃子舞』
さんさ踊りの後に余興として踊られる。陣羽織を着て扇子を持って登場し、観客の前で一礼して頭巾をかぶる。囃し方は小太鼓と大太鼓を器用にたたき分けながら「さあこそはやしてくださらば、ここらでひとつ舞いまする、大黒舞ともはやされな」と軽快に謡い、唱え言葉に合わせて扇子を四方にかざしながら踊りが展開していく。唱え文句を替えて「たけのこ舞」「ううたる舞」「建ったる舞(新築祝い、たたり舞ともいう)」「称え舞」など場に合わせた曲に仕立てて演じる。近年はさんさ踊り芸能館などで一般に披露される機会ができ、盛岡さんさの伝統さんさ競演会でも門、山岸、大宮、上太田などが演じる恒例ができた。とりわけ大宮さんさでは復活の動きが進み、釣竿に紙で作った鳥を付けてこれを捕まえる様子をコミカルに踊った「さいとり舞」を映像記録会で披露した。「長いようでも短いし、短いようでもなーがいし、扇の如くに末広く、松の如くにとよながく、千秋万歳、なんとはやされましても大黒舞とはこればかり」と舞い納める。太神楽や田植踊りにも共通して見られる趣向である。
『折敷舞』
神楽拍子にあわせて両手にお膳を乗せ、ひっくり返ったり振り回したりしながら落とさずに演じ終えて見せましょう、という曲芸。公開の場では三本柳がよく披露するが、黒川や門でも演じている。