※平成20年は、山車の状況をできるだけ写真を使わず、文章だけで伝えられるよう努力しました。


沼宮内稲荷神社例大祭岩手町秋祭り 山車と音頭の記録



佐々木高綱(ろ 組)

初日の夕方、ろ組のメインストリート門付け

 佐々木高綱は源頼朝配下の武将で、後白河法皇の宣旨により逆賊木曽義仲を討つべく、源義経らの指揮の下で京に下った。出征の際、高綱は頼朝から名馬「いけずき」を賜り、来たる戦の先陣を約束する。先陣とは、敵陣に一番に切り込むこと。敵の集中砲火を浴びて落命する危険が高く、成し遂げれば武士の誉れとなる。戦場は長雨で水かさの増した宇治川、高綱の乗るいけずきはさすがに名馬だけあって、普通の馬が難儀する川の逆流をものともせず、鞭に従う。同じく先陣を狙っていた荒武者「梶原景季」は、高綱のとっさの機略で大きく溝を開けられてしまう。対岸近くには義仲勢が仕掛けた馬の足取り綱があった。先陣争いに敗れた景季の助言で高綱は川面に太刀を差し込み、見事両断して敵陣に突入、先陣の名乗りを上げた。

ほのぼのとした独特の雰囲気を放つ「昇り龍」


 今年の山車の中では一番「沼宮内らしい」作品であった。物悲しい表情をたたえた師匠どころ「二分団め組」の頭を使用し、おなじみの橙錦の直垂に金板の鎧兜、鍬形や背の幟に高綱の菱の紋、刀を抜く手はほぼ水平、刀身はやや上向き。ねずみ色の馬の頭に隠れた左手には、金糸を巻いた質感ある弓をアクセントに加えている。馬ごと人形を高く上げたのは、足取り綱や何層もの横波で表現する「宇治川」を、しっかり見せる気遣いだろう。罠が高綱の進行方向で千切れているのも説得力がある。桜や松など飾り物と人形とがよく調和して、山車としてすっきり仕上がった。見返しは大きな頭の龍の親子が天に上っていく「昇り龍」で、体はほぼ直立。山車が動くとゆらゆらと揺れ、表情の素朴さや背景の月なども影響してか、ほのぼのとした見返しであった。

佐々木高綱 駒打ち並べ 宇治の荒波 競い合う
宇治の先陣 高綱なりと 名乗る音声 高らかに
逆巻く流れの 宇治川渡り 先陣遂げて 名を高く


 

元禄見得の暫(愛宕組)

お通り解散後、町内を北上中
 盛岡山車のもっともスタンダードな歌舞伎もののひとつ。理不尽な権力に庶民が虐げられたとき、「ア しばらく、ご免なせえ」と音声高々現れる正義の味方。時代を超えて、弱きを助け強気をくじく、庶民の味方のスーパースターである。愛宕組は3回目の製作だが、今回は刀の柄を構えて片手に扇子を構える「元禄見得」をこらした。

 歌舞伎どおりの衣装、上の着物は白である。片手の扇は内向きに構え、細かいところまで微細に変化を加えた奥深い仕上がり。見返しは手古舞が片手に開扇を構えて音頭上げをしている「女木遣り」で、小さめの人形を松を2段にして補い、衣装には黄色を加えて彩り良く仕上げた。

成田屋十八番の 元禄見得で 睨む景政 悪を討つ
(見返し)いなせ姿に 若衆も惚れて 揺れる扇子の 木遣り唄



 

釣鐘の景清(の 組)

愛宕下商店街の門付け
 平家の怨霊が取り付いて鳴らなくなった清水寺の釣鐘の上に、恨みのいまだ晴れぬ悪七兵衛景清の亡霊が現れるという歌舞伎の一場面。

 明るい緑色の釣鐘が場面の半分以上を占め、竜頭を手前に大きく前に倒れている。その上に、北斗七星を凝らした黒い着物の景清が、片手をあげて見得を切っている。景清の隈取は、二本筋に青帯が入る独特のもの。着物の下のほうには黄帯・赤帯が入って色彩は大変華やか。今年は特に牡丹の蕾が目立つ飾り方であり、歌舞伎の色味に合わせて芯を染めた玉桜を使っている。遠望した際には釣鐘がよく見え、白塗り隈取の景清も目立つ。見返しは満月に荒波、大きく舞い上がる大鯛の姿。演題は「祝鯛」で「めでたい」と読む。

社殿修築祝いの鯛を 花を携え山車に引く

鐘を跨ぎし 荒若武者は 剛勇無双 歌舞伎見得
平家供養の 鐘の音あわれ 景清うつつ 清水寺


 

天慶の乱(大町組)

神も畏れず荒野を駆けて寄せる攻め手をひと潰し

 罪人を匿い関八州の国璽を奪って反乱の兵を挙げた平将門の下に、霊験あらたかな八幡社の巫女が現れて「汝に親王の号を授ける」と告げた。親王、すなわち皇太子の称号を得た将門は、京の内裏とは別に、坂東に理想国家を打ち立てようと図る。この企みを破ったのは、父を将門に殺された平貞盛の「天誅の一矢」であった。戦前の国史(歴史)に登場する将門はまさしく反逆者、というより妖怪に近い。冠をかぶり眉を剃った束帯姿であるのに、荒馬に乗って頭上には金棒を振り上げている。農繁期に兵を散らした隙を付かれた将門、その眉間に天誅が下る一瞬。息を呑む荒々しい一場面。

親王将門 果たせぬ夢を 宿す相馬の古内裏

 個人的に長年待ち望んでいた構図。私が生まれるずうっと前に、一戸の野田組から日詰の上組に借りられてきたらしい山車の威容を、幼いころから耳にしてきた。高架橋を通る際、山車の天辺に振りあがった金棒は着脱式の仕掛けを発揮、金棒を真一文字でなく斜めに付けて迫力を出した。将門の顔は肌色に無精髭を蓄え、眉毛は剃ってあってお公家さんの丸い書き眉である。束帯は黄色、馬は頭を低く構えて方向転換したような独特の体勢。将門の睨みの先に、鎧姿の雑兵が刀を天に翳して倒れ込んでいる。見返しは背景に破れ障子を並べて傍らに枯れススキ、晴れ着に簪、巻物を両手に広げた女性の姿。これは将門の娘の滝夜叉姫で、将門が敗れた相馬の古内裏に魑魅魍魎悪鬼妖怪を束ねて、京に攻め上る算段をしている場面である。生身の人間か妖怪か知れないので、足元はおどろおどろしく青いライトで照らし上げた。

八州従え 数多の戦 平将門 武勇伝
(見返し)費えた野望に 妖術ふるい 怨み滝夜叉 夢を追う




 

碁盤忠信(新町組)

駅前周辺の門付けの様子

 佐藤四郎忠信は、義経が奥州平泉から鎌倉に下るとき、藤原秀衡が授け与えた忠臣である。義経は平家討伐後退けられ、平泉で非業の死を遂げる。落ち目の主君を救うため、数々の勇者が自分の命を投げ出した。忠信もその一人、義経から鎧兜の一切を引き受けて義経の名乗りを上げ、吉野山で鎌倉方の集中砲火を浴びた。歌舞伎では、寝込みを襲われた忠信が重い碁盤を軽々と片手にし、追っ手を払う「碁盤忠信」が演じられるという。これもまた盛岡山車の歌舞伎演題定番。

 定例的な1体の忠信の型をしっかりとこなした作品。衣装は華美になりすぎるのを嫌ってか、赤を橙に、黒を紺に入れ替えて表現。室内の戦いなので、忠信の足は板間に乗せた。背景も板。顔は白塗りでなく、肌色に筋隈取をとった。碁盤に着脱の仕掛けがある。見返しは黒に橙・黄色で華を出した大鯉の滝登り。 

見返し 鯉の滝登り

碁盤忠信 主君に代わり 追って蹴散らす 奮戦記
主の身の代 身代わり享けて 吉野に散らす 義士の花
(見返し)碧も深く 滝川清く 鯉跳ねしぶく 水の音

 



文責:山屋 賢一
(見物日:10月3・5日/写真・解説の下に載せた音頭は、実際にお祭りで歌われたものです)




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