佐々木高綱(ろ 組)
今年の山車の中では一番「沼宮内らしい」作品であった。物悲しい表情をたたえた師匠どころ「二分団め組」の頭を使用し、おなじみの橙錦の直垂に金板の鎧兜、鍬形や背の幟に高綱の菱の紋、刀を抜く手はほぼ水平、刀身はやや上向き。ねずみ色の馬の頭に隠れた左手には、金糸を巻いた質感ある弓をアクセントに加えている。馬ごと人形を高く上げたのは、足取り綱や何層もの横波で表現する「宇治川」を、しっかり見せる気遣いだろう。罠が高綱の進行方向で千切れているのも説得力がある。桜や松など飾り物と人形とがよく調和して、山車としてすっきり仕上がった。見返しは大きな頭の龍の親子が天に上っていく「昇り龍」で、体はほぼ直立。山車が動くとゆらゆらと揺れ、表情の素朴さや背景の月なども影響してか、ほのぼのとした見返しであった。
佐々木高綱 駒打ち並べ 宇治の荒波 競い合う
宇治の先陣 高綱なりと 名乗る音声 高らかに
逆巻く流れの 宇治川渡り 先陣遂げて 名を高く
元禄見得の暫(愛宕組)
歌舞伎どおりの衣装、上の着物は白である。片手の扇は内向きに構え、細かいところまで微細に変化を加えた奥深い仕上がり。見返しは手古舞が片手に開扇を構えて音頭上げをしている「女木遣り」で、小さめの人形を松を2段にして補い、衣装には黄色を加えて彩り良く仕上げた。
成田屋十八番の 元禄見得で 睨む景政 悪を討つ
(見返し)いなせ姿に 若衆も惚れて 揺れる扇子の 木遣り唄
釣鐘の景清(の 組)
明るい緑色の釣鐘が場面の半分以上を占め、竜頭を手前に大きく前に倒れている。その上に、北斗七星を凝らした黒い着物の景清が、片手をあげて見得を切っている。景清の隈取は、二本筋に青帯が入る独特のもの。着物の下のほうには黄帯・赤帯が入って色彩は大変華やか。今年は特に牡丹の蕾が目立つ飾り方であり、歌舞伎の色味に合わせて芯を染めた玉桜を使っている。遠望した際には釣鐘がよく見え、白塗り隈取の景清も目立つ。見返しは満月に荒波、大きく舞い上がる大鯛の姿。演題は「祝鯛」で「めでたい」と読む。
鐘を跨ぎし 荒若武者は 剛勇無双 歌舞伎見得
平家供養の 鐘の音あわれ 景清うつつ 清水寺
天慶の乱(大町組)
個人的に長年待ち望んでいた構図。私が生まれるずうっと前に、一戸の野田組から日詰の上組に借りられてきたらしい山車の威容を、幼いころから耳にしてきた。高架橋を通る際、山車の天辺に振りあがった金棒は着脱式の仕掛けを発揮、金棒を真一文字でなく斜めに付けて迫力を出した。将門の顔は肌色に無精髭を蓄え、眉毛は剃ってあってお公家さんの丸い書き眉である。束帯は黄色、馬は頭を低く構えて方向転換したような独特の体勢。将門の睨みの先に、鎧姿の雑兵が刀を天に翳して倒れ込んでいる。見返しは背景に破れ障子を並べて傍らに枯れススキ、晴れ着に簪、巻物を両手に広げた女性の姿。これは将門の娘の滝夜叉姫で、将門が敗れた相馬の古内裏に魑魅魍魎悪鬼妖怪を束ねて、京に攻め上る算段をしている場面である。生身の人間か妖怪か知れないので、足元はおどろおどろしく青いライトで照らし上げた。
八州従え 数多の戦 平将門 武勇伝
(見返し)費えた野望に 妖術ふるい 怨み滝夜叉 夢を追う
碁盤忠信(新町組)
定例的な1体の忠信の型をしっかりとこなした作品。衣装は華美になりすぎるのを嫌ってか、赤を橙に、黒を紺に入れ替えて表現。室内の戦いなので、忠信の足は板間に乗せた。背景も板。顔は白塗りでなく、肌色に筋隈取をとった。碁盤に着脱の仕掛けがある。見返しは黒に橙・黄色で華を出した大鯉の滝登り。
碁盤忠信 主君に代わり 追って蹴散らす 奮戦記
主の身の代 身代わり享けて 吉野に散らす 義士の花
(見返し)碧も深く 滝川清く 鯉跳ねしぶく 水の音
文責:山屋 賢一
(見物日:10月3・5日/写真・解説の下に載せた音頭は、実際にお祭りで歌われたものです)