盛岡山車の演題【風流 源頼政鵺退治】
 

鵺退治

 



「伝統型」沼宮内大町組平成21年  盛岡山車の退治ものの中ではもっとも難しいといわれる演題のひとつ、「平家物語」に綴られている妖怪退治の場面である。

 平家の栄華極まりし頃、内裏には夜毎怪しげな黒雲が現れて、時の帝を悩ませていた。勅命により東三条御殿を守っていた弓矢の名手源頼政(みなもとの よりまさ)は、ある晩、現れた黒雲に向かって矢を放った。すると世にも恐ろしい怪鳥の断末魔が闇夜に響き、雲の中から頭は猿、体は狸、手足は虎、尾は蛇という奇怪な化け物が落ちてきた。鵺(ぬえ)というこの化け物の胸元に頼政の矢は見事に命中しており、頼政の傍らに控えていた家来の猪早太(いの はやた)が瀕死の妖怪の喉元を短刀で一突きし、とどめをさした。鵺退治の夜を境に、黒雲の襲来は止んだという。

 得体の知れない妖怪の鵺を退治した頼政は、平治の乱で源氏が平家に敗れた後も時節を待って平家に仕え、いよいよ晩年になって皇太子以仁王(もちひとおう)を担ぎ、平家に反旗を翻した人物である。頼政自身は討伐されたが、頼政の呼びかけが全国に潜んでいた源氏一族の心を震わせ、後の源平合戦へとつながっていく。史実でも頼政は、御所を惑わす怪しい曲者に、一矢を報いたのである。

 盛岡山車には、鵺を仰向けに組み伏せた頼政が短刀を掲げ、喉元を刺そうとする伝統的な構図が伝承されている。これはもともと猪早太が果たすべき役割を頼政に与え、盛岡山車の定型に合わせたものである。盛岡の大工町で戦前、この構想を『猪早太 ぬい退治』と題をつけて山車に出した。戦後になって本町三町内連合の「三和会」が構図を復刻、『源三位頼政 鵺退治』と改題して飾っている。石鳥谷の上若連は出典先の平家物語に準拠した表記にこだわり、退治する武者の名は演題名にも音頭にも登場させず『風流 空鳥(ぬえ)』とした。

 鵺は架空の妖怪であり、各作品とも個性的でユーモラスな独特のものを作っている。背景は御殿の御簾で、鵺の尻尾の蛇が真っ赤な目を光らせ、後ろから頼政を狙っている。桜の淡い紅に御簾の黄色、鵺の体は黄色と黒の縞、顔はヒヒなので赤、鬣は白、頼政の烏帽子は黒、鎧は錦…以上の色彩が盆の上で一体化し、見事な調和を見せる。奇抜でありながら、上品さを兼ね備えた非常に魅力的な構想である。

沼宮内の組平成16年

 退治ものの山車はケモノ系を作る大変さの反面、ケモノに主人公の「攻撃の方向」を集中して向けられるため、勇みを出しやすい構図にもなりうる。鵺退治の鵺は、位置といい大きさといい、退治手の頼政の勇みを十二分に引き出せる、大変重宝なケモノである。鵺退治に限らず、このような退治ものの特性に気づいて作られた作品は上手い、魅力的な山車となり、気づかずあるいは妥協して作ってしまうと、ちぐはぐな山車になってしまう。


 平成に入ってからは、沼宮内のの組が伝統的な構図で鵺退治に取り組んだほか、錦絵などの構図を活かし、公家姿の頼政で鵺を射落とす瞬間を飾ったこともあった。鵺の大人形をさかさまに宙に舞わせた怪作であり、盛岡城西組の白藤彦七郎など各地の奇抜な山車を作るヒント・きっかけになりえている。同じく沼宮内の大町組でも、古態をよくとどめた躍動感あふれる鵺退治を山車に出している。





石鳥谷上若連平成22年

(他地域の鵺退治の山車)
 一見娯楽的な鵺退治だが、実は藩政期の丁印に作られていたほど格式が高い。関東にも作り変えないご神体山車人形の一つに、頼政と猪早太を象ったものがある。
 岩手県内では、盛岡山車以外で鵺退治にお目にかかることはない。秋田県にも無い。山形の新庄祭りでもここ数年は見たことが無い。青森では、八戸三社大祭、野辺地祇園祭、青森ねぶた、弘前ねぷた、黒石ねぷたなど多岐にわたって作られているので、東北に鵺退治の山車を求めて赴くなら、青森県が最適といえる。




文責・写真:山屋 賢一

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源三位頼政鵺退治 沼宮内の組(本項)
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(音頭)

御所(ごしょ)をなやます あやしきけもの 一矢で射落とす 源三位(げんざんみ)
内裏(だいり)惑わす 異形(いぎょう)のものよ 闇より出でし 其の姿
弓に優れし 頼政公
(よりまさこう)が 月に向かいて 矢をはなつ
うねる黒雲 あらわる異形 御所に頼政 鵺退治
姿の見えぬ あやしきものを 弓を用いて 退治する
京を震わす 怪しの声音
(こわね) 三位頼政 鵺退治
黒雲立ち込む 東三条 妖怪退治の 源三位
帝の命受け 御殿の警護 弓張月夜
(ゆみはり づきよ)の 鵺退治
勅定
(ちょくじょう)果たせし 弓矢の腕は 摂津(せっつ)源氏の 誉れなり
あやしきけものは 寅・巳・申で とどめさしたは 猪の早太
(いのはやた)


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