盛岡山車の演題【風流 鳴神】
 

鳴神

 



「経文破り」紫波町日詰上組平成15年

 成田屋歌舞伎十八番の一つ。日本一の神通力を持つ高僧「鳴神上人(なるかみ しょうにん)」は、公費で祈祷所を立てる約束を朝廷に反故にされたため、怒って竜神を滝壷に閉じ込めてしまった。雨を司る竜が封じられたので、たちまち日本国には一滴の雨も降らなくなり、何日も何日も日照りが続いてしまう。
 鳴神上人の神通力は誰にも解けない。困った朝廷は「堅物は女に弱い」と、色仕掛けで鳴神の法力を破ろうとする。雲の絶間姫(くもの たえまひめ)という宮中でも評判の美女を、上人の元にさりげなく遣わすことになった。
 絶間姫は巧みな手錬手管で誘惑し、まんまと女色におぼれた鳴神から竜を解き放つ秘法を聞き出す。術をすっかり解かれてから我に帰る鳴神、時すでに遅く、絶間姫が滝壺の竜神を解き放ったために外は大嵐となっていた。頭髪を掻き乱し、僧侶の白衣に真っ赤な焔を燃やし雷をめぐらせた鳴神は、怒り狂って逃げ出した絶間姫の行方を追う。

『雲の絶間姫』沼宮内大町組平成9年

 坊主が色仕掛けで堕落するというふしだらな筋書きということもあってか、著名な歌舞伎でありながら長く山車に採り上げられなかった(青森県の或る神楽でも同じような現象が見られた)が、平成9年に沼宮内で初製作されて以降急速に製作例が増え、現在定番の演題になりつつある。白地の着物に炎や黒雲や雷鳴を刺繍した凄味のある衣装が見事である。
 初めて手がけた沼宮内の大町組は、上人が阿修羅の形相で姫を追いかけていく有名な役者絵を元に、人形を後ろ向きにして製作した。石鳥谷では上若連が天に上る竜神を添えて幻想的な鳴神を製作し、追って同町の上和町組も竜神を伴う構図に取り組んだ。上和町組の金剛鉾(こんごうしょ:密教の法具)を口に銜えるアイディアは、後に盛岡観光協会も採り入れている。盛岡の本組は、鳴神が手当たり次第に経文を破って仏法を擲ち理性を損なう様を再現した。背景には鳴神の住まう草庵を作った。もっとも有名で一番重要な型ともいわれる「柱巻き」は、祭壇・注連縄を背景に日詰の橋本組が飾っている。
 以上のように、盛岡山車の鳴神はいまだ定番の型が出来上がっておらず、様々な趣向のものが作られている。派手な着物の裾を大岩の上部まで持ち上げ、まるで火事が起こったような殺伐とした雰囲気をかもす秀作が多い。また背景に嵐を表現する雷鳴や滝などを伴った作品もあり、フラッシュライトが使われたこともあった。

 見返しには『雲の絶間姫』を飾るべきということがよく言われるようになった。滝壺の注連縄を切るために短刀を手にして見得を切っている姿が主流で、背景に暴風雨を思わせる滝を描写している。姫が解き放つ竜は立体のものを大町組が作り、盛岡観光協会は絵で表現した。上若連は着物を被って庵から逃げ帰る絶間姫を見返しに飾った。

「竜神」石鳥谷上若連平成10年


青森県八戸市

(他の地域の「鳴神」の山車)
 山形県の新庄祭りでは毎年のように鳴神の山車が出る。上人・姫のほかに脇役として、ひっくり返った小坊主や竜、不動明王などが飾られる。怒った上人がバラバラに投げ散らかした経文は独特の表現であり、絶間姫は草刈鎌で注連縄切りをしている。
 青森県では、八戸三社大祭で坊主をたくさん乗せた鳴神の山車が出た。舞台いっぱいに竜がうねる構図で、姫の姿は中国風に脚色されており、見返しは鳴神に続く題目の「不動」であった。青森ねぶたでもいくつか鳴神が出ているが、歌舞伎の面影が薄く金剛鉾が必須である。黒石ねぶたには、歌舞伎の鳴神の元になった「一角仙人」という能の演題が出た。
 秋田県では、角館の飾山に上人と竜を飾った鳴神が出ている。宮城県では、登米の秋祭りに法具を手にした鳴神上人一体飾りの山車が出た。
 岩手県内では、花巻祭りに非常に大きい竜に乗った鳴神の山車が出ている。歌舞伎ものが得意な豊沢町の作品で、傍らに姫の姿があった。
 以上のようにかなり広域で見られる演題であるが、どの時点で一般化したかは定かでない。




文責・写真:山屋 賢一


山屋賢一 保管資料一覧
提供できる写真 閲覧できる写真 絵紙
追う姿 沼宮内大町組
盛岡観光協会
盛岡観光協会(圭)
竜神 石鳥谷上若連(本項3枚目)
石鳥谷上和町組
秋田角館 石鳥谷上若連
石鳥谷上和町組
経文破 盛岡本組・日詰上組(本項1枚目) 盛岡本組(圭)
柱巻き 日詰橋本組 青森ねぶた
山形新庄
雲の絶間姫 沼宮内大町組(本項2枚目)
石鳥谷上若連
日詰上組
石鳥谷上和町組
盛岡観光協会
日詰橋本組
ご希望の方は sutekinaomaturi@outlook.comへ

(音頭)

天に轟(とどろ)く 雷鳴(らいめい)聞こえ 怒る鳴神(なるかみ) 大暴れ
破る経文
(きょうもん) 怒りに燃えて 鳴神上人(しょうにん) 見得を切る
怒る鳴神 毬栗鬢
(いがぐり びん)に 火焔の緋色(ひいろ)が 燃え上がる
五戒
(ごかい) 破りし 天下の高僧(こうそう) 火焔集める 白綸子(しろ りんず) 
鳴神上人 経文破り 絶間
(たえま)の姫の 行方追う
(みかど)の勅命 その身に受けて 向かう幽谷(ゆうこく) 絶間姫
雲の絶間に 閃
(ひらめ)く光 竜神天に 舞い上る
鳴神欺
(あざむ)く 絶間の機略 交わす杯(さかずき) ふた世まで
岩に登りて 注連縄
(しめなわ)切れば 響く雷(いかづち) 雨を呼ぶ
鳴神欺き 封印解けて 笑
(え)みを浮かべて 山降りる
竜神放たれ 烈火の如く 追うは鳴神 絶間姫
背なに紅蓮
(ぐれん)の 焔(ほのお)を燃やし 怒る鳴神 見得を切る


【写真抄】
(1枚目)紫波町日詰上組平成15年、前年に盛岡の本組で使った人形を日詰で一から組み直したものである。歌舞伎写真集などでよく目にする鳴神が経文を破る場面で、着物の裾を盛岡では庵の軒にかけたが、日詰では奥まで引き伸ばして下げた。着物の裾が見えにくい分、写真では日詰の方が地味に見える。巻物は紙製だが、雨に濡れにくい素材を使っている。(2枚目)沼宮内大町組平成9年見返し。盛岡山車ではおそらく初挑戦となる絶間姫で、滝壺から天に上る竜を立体的に表現している点が今となっては非常に珍しい。思えば正面よりも見返しに魅了された山車であった。(3枚目)石鳥谷上若連平成10年。上若連は人気の高い山車組だが、私はこの山車が数々の作品の中でもっとも優れていると思うし、現時点の盛岡山車の鳴神のうち一番の秀作であるとも思っている。鳴神の表情や手の絶妙な配置、竜の大きさ・迫力など申し分無く、見所きわめて多い作品であった。着物の柄が全体に及ぼしている殺伐としたオーラが印象深い。音頭は前年の沼宮内大町組の見返しの歌詞を使ったようである。(4枚目)青森県、八戸三社大祭にて。神社の前で山車を大きく広げて見せたときに撮影したものである。跳ね上がった鳴神に躍動感があってすばらしい。

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