盛岡山車の演題【風流 熊谷次郎直実】
 

熊谷次郎直実

 



『青葉の笛』盛岡市仙北町は組平成4年
 平家物語の中でも特に有名な悲話「敦盛最期(あつもり さいご)」を山車にしたものである。
 
葛巻町新町組平成20年(提供品)
 鵯越の逆落とし、源義経一ノ谷の奇襲で西海に逃れた平家一門、その中に逃げ遅れた公達(きんだち)が一人。波間に映える鎧兜があまりにも華やかで、源氏方の豪傑熊谷直実(くまがい なおざね)に見咎められてしまう。「さても沖合いを行くは、平家の御大将と見受けたり。もののふとあらば敵に背を見せず、引き返してわれと勝負せよ。さあ、もどれもどれ。」と黒い軍扇をかざして直実が呼び止めると、公達は白馬を返して戻ってきた。馬上では互角の争い、首取りの組討ちの末に組み伏せてみれば、兜の下の公達はまだ二十歳にも満たない美少年であった。直実が我が子と同じ年とも見える公達を討ち取るのをためらっていると、「敵を組み伏せて討たぬとは、貴様裏切り者か」と上役の恫喝の声が飛ぶ。ついに討ち取ってしまったその首は、青葉の笛の名手と名高い無官の太夫平敦盛(むかんのたゆう たいらの あつもり)のものであった。武家の習いの無情を痛感した直実は、この一ノ谷の戦を最後に戦場を去り、僧籍に身を置くこととなる。

 郷土玩具の花巻人形にも熊谷と敦盛の組み人形があって、ともに兜は被っておらず、熊谷は軍扇を頭上に振り上げた格好で作られている。盛岡のは組がこの花巻人形の構図をほぼ写した山車を戦前期に作り、当時の評価制度で壱等賞をとっている。平成に入ってからも再作され、この時は軍扇を手前に構えて敦盛を呼び戻す姿に作った。幌(ほろ)を背負った雄大な騎馬武者の山車であり、見返しには公達姿の敦盛が岩の上で青葉の笛を吹く場面を作っている。盛岡では他に一番組が手がけ、立ち岩を幌で隠し軍扇は松を突き抜けてかざすことで、山車全体を大きく見せた。一戸の本組では鎧の胸に鳩の紋をあしらい、見返しに法然上人に弟子入りした直実後日談の『蓮生坊(れんじょうぼう)』を飾っている。直実の愛馬が地元産であったことにちなみ、音頭に「権太栗毛にうち跨りて」の文言を入れた。
 この他、上記熊谷敦盛討ちの物語を題材とした歌舞伎『熊谷陣屋』が、稀に山車に作られることがある。

盛岡市馬町一番組平成19年
(他地域・多ジャンルの状況)
 有名な逸話にしては全国的に見ても山車人形に仕立てられる例が少なく、人形数の多い趣向の山車にもほとんど登場していない珍しい演題である。八戸三社大祭の山車で源平ものを取り扱う時、よほど気の利いている場合に限って幌を背負って扇を翳す熊谷の姿が端に描かれる事がある(本項掲載4枚目)。大船渡市盛町の式年大祭には「館山車」が2台出るが、このうち源平ものを好む下町の山車が敦盛熊谷を作ったらしいと写真で確認した事がある。
青森県八戸市の山車『一ノ谷合戦』の一部
 広くマツリの世界に熊谷を求めると、三陸海岸北部の普代村「鵜鳥神楽」や一関地方の「南部神楽」にこの物語を演じる題目があり、いずれも「一の谷」と題がついている。一の谷といえば、逆落としより敦盛熊谷が先にイメージされてきた証であろう。鵜鳥神楽では両者の追いかけの演出が思いもよらない手法であり、また敦盛が単に逃げ遅れたのではなく、青葉の笛を置いて逃げた事を恥じて陣屋に戻ってくる、と語っている。首取りの場面では観衆から「殺さないで」「助けてやれ」と盛んに歓声が飛ぶ面白い舞台であった。



文責・写真:山屋 賢一
(掲載2枚目葛巻町新町組の写真は、本項掲示板に寄せていただいたものを使わせていただきました)




(公開写真)

盛岡祭   一戸祭   盛岡祭(敦盛)



山屋賢一 保管資料一覧
提供できる写真 閲覧できる写真 絵紙
風流 熊谷次郎直実 盛岡一番組(本項3・5枚目)
一戸本組
盛岡は組@A 盛岡は組
盛岡一番組(正雄)・大迫下若組
一戸本組
見返し 平敦盛 盛岡は組 盛岡は組(本項1枚目)
見返し 蓮生坊 一戸本組
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盛岡市馬町一番組平成19年

(音頭)

源氏平家の 戦い憐(あわ)れ 今に残るや 一の谷
一の谷より 伝えしあわれ 青葉の笛の 音澄
(す)める
権太栗毛
(ごんた くりげ)に うち跨(またが)りて 次郎直実(じろう なおざね) 一の谷
千軍万馬
(せんぐん ばんば)の 直実公哉(や) 情け武士(もののぶ) 一の谷
馬上豊かに 軍扇
(ぐんせん)かざし 呼ぶや直実 須磨(すま)の浦
若き敦盛
(あつもり) 呼ぶ熊谷の 響き渡る哉 須磨の浦
かぶと押しのけ 若武者見れば 決死覚悟の 薄化粧
(うすげしょう)
次郎直実 敦盛討ちて 心残りし 屋島沖
花の蕾
(つぼみ)の 敦盛討って 直実苦境に 出る涙
戦といえど 儚
(はかな)い命 無常感じる 蓮生坊(れんじょうぼう)



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