盛岡山車の演題【風流 熊谷陣屋】
 

熊谷陣屋

 



 平家物語「敦盛最期」のエピソードを脚色した歌舞伎「一ノ谷双葉軍記(いちのたに ふたばぐんき)」の最も有名な場面である。
 摂津一ノ谷の合戦場、源氏の武将熊谷次郎直実(くまがいじろう なおざね)の陣屋には須磨でも並び無い美しい桜の木が一本立っている。大将源義経はその美しさを愛し、傍らに「一枝を切るなら一指をもって報いよ。」と制札(せいさつ)を立てた。桜が見事だから、勝手に枝を切った者は罰として指を一本切り落とす…というのが表の意味、しかしこの札には、実はもっと深い内意が込められていた。

石鳥谷下組平成12年

 この戦で直実が討ったとされる平敦盛(たいらの あつもり)は、実は天皇の落胤(らくいん:隠し子)であり、命を奪えない存在であった。この事情を知る義経は、一方で味方の手前、おおっぴらに敦盛を見逃すことも出来ない。そこで直実に、敦盛を秘密裏に救う代わりに実の息子(「一子」:一枝、一指、いっし…とかけている)の小次郎を身代わりとして討たせた。「熊谷陣屋(くまがい じんや)」は、直実が自分の妻と、敦盛の母「藤の方(ふじのかた)」とが立ち会う中で息子の首を実検(じっけん:将軍による首級の審査)にかけるという悲痛な場面である。
 藤の方(藤の局)は、かつて禁裏の女中相模(さがみ)と恋に落ちて詰め腹を切らされそうになった直実の命乞いをしたこともある、頭の良い優しい女性であった。熊谷陣屋に現れた藤の方は、直実を我が子を殺した恩知らずとののしり、短刀を手に襲い掛かってくる。直実は弁解したい気持ち、本当は敦盛を救うために自分の子供を殺したのだと自白したい気持ちを抑え、「ここで企てが知れれば全てが水の泡」と真相を明かさない。一方直実の妻の相模は、一人息子小次郎の初陣を心配して熊谷陣屋を訪れた。夫が息子を手にかけ首を取ったなどとは夢にも思っていない。
 陣屋に現れた義経を前に首実検が始まり、直実は桜に添えられた制札とともに我が子の首を義経に差し出す。その首を見た「二人の母」の動揺、…実検が終わり、本物の敦盛は鎧櫃に隠して平家の残党の手にゆだねられた。暇乞いを申し出た直実は墨染めの僧衣に身を包み、武士の身を捨て家族を捨てて出家することを宣言する。「十六年(敦盛・小次郎はともに十六歳)も一昔、夢だ夢だ」と直実はここで初めて感情をあらわにし、泣きながら花道を下がっていく。

 山車に出るのは、この歌舞伎の一番の見どころといわれる、制札を使った直実の見得である。歌舞伎のあらゆる見得の中でも最も豪華絢爛たるもののひとつとされ、演者にとっても難しい型なのだそうだ。細かく見れば、両手で制札を握っている場合と、上げた手で制札を支え、胸元の手は開いて制札に添える型とがある。直実は丁髷を結い、装束は深緑の裃で下半分が錦織になっている。逆さに構えた制札は親子の逆縁を表すものといわれ、直実の胸に秘められた深い悲痛を匂わせる。戦前期には、制札を逆さにしないで飾った例もあった。

 昭和初期の盛岡で、人形を複数使った熊谷陣屋の山車が数回作られた。三番組が熊谷と小さな人形で仕立てた義経の2体で作ったほか、藤の方・相模の前で直実が扇を広げて合戦の有様を語る舞台の前半部分を飾った山車も出ているようである。

義経と組(盛岡市太田お組平成18年)

『見返し 藤の方』(石鳥谷下組平成23年)

 平成に入ってからは、陣屋の白州に袴を垂らして悠然と見得を切る直実の一体飾りとして、石鳥谷の下組が山車にした。スペースを上から下まで見事に使いきったこの組ならではの秀作であり、背景には竹垣を作り陣幕をかけ、熊谷陣屋を立体的に再現した。舞台上で夜を表現する灯明も傍らに添えている。見返しは、藤の方が形見の青葉の笛を吹いて敦盛の供養をする実検前の一場面。藤の方が息子の死を嘆いているさなか、ふと傍らの障子に人影が見えた。「はて、我が子か」と駆け寄り障子を開くと、そこには敦盛の遺した鎧が一領据えられているだけであった。山車では能鉢巻を着けた藤の方の足元に供養の香炉台・背景の障子に鎧の影を映している。平成の盛岡山車『熊谷陣屋』はこの如く、下組によって見事に完成された。
 義経を伴う熊谷陣屋については、実に60年近いブランクを経て盛岡太田の山車組が手作りした。直実の豪華な裃に加え、義経の大将姿を赤鎧・白の陣羽織で見事に再現している。作風が素人くさい時期の作品であったのは惜しい。

 他流派の熊谷陣屋は直に見た記憶がない。福井県の三国祭りに扇をかざして合戦物語をする直実の1体飾り、制札の見得は秋田の角館で出たものをいずれも写真で見た。角館では置山に制札をまっすぐ据えた型・引山には制札を斜めに抱え込んだ型を採り上げ、私は圧倒的に後者に魅力を感じた。


文責・写真:山屋 賢一


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  石鳥谷下組  


山屋賢一 保管資料一覧
提供できる写真 閲覧できる写真 絵紙
風流 熊谷陣屋 石鳥谷下組@(本項:1枚目)A
盛岡お組(本項:2枚目)

角館飾山
盛岡三番組 盛岡お組(圭)
石鳥谷下組(手拭い)

盛岡葺手町(集合番付)
見返し 藤の方 石鳥谷下組@A(本項:3枚目)
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(音頭)

義経与えし 制札(せいさつ)抱きて 直実無情の 見得を切る
熊谷陣屋 桜の下で 次郎直実 夢を見た
陣屋の桜 我が子の姿 映す姿を 制札に


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