盛岡山車の演題【風流 鏡獅子】
 

鏡獅子

 



「典型」盛岡市八幡町い組昭和63年

 場面は江戸城大奥の御鏡曳(おかがみびき:現代でいう鏡開きに近い行事)、お小姓弥生(おこしょう‐やよい)が将軍に所望されて舞っている。舞い進むうち祭壇に祀ってあった名作の獅子頭を手にすると、どこからか見慣れぬ美しい蝶が現れ、その蝶を追うように獅子頭が勝手に動き出し、やがて弥生は猛々しい雄獅子に変身してしまう。名作の獅子頭だけあって、本当に唐獅子の精が宿っていたのだ。弥生の踊りがあまりにも上手だったので、獅子の精が弥生に乗り移って姿を現したのである。

 白い毛並みを華やかに舞い上げて踊り狂う「春興鏡獅子(しゅんきょう かがみじし)」は、歌舞伎の演目数ある中でも有名なものの一つで福地桜痴の手により明治期に成立、新歌舞伎十八番のひとつに数えられ、道成寺と並ぶ女形舞踊の大曲といわれている。獅子の眠りを覚ましに来た『胡蝶(こちょう)の精』や、獅子に変身する前の『お小姓弥生』が見返しに上がり、弥生を飾った見返しに『鏡獅子』と題を付ける場合もあるが、表の人形として取り上げられるのは、舞台でいう後シテ、獅子に変身した弥生の姿である。その勇ましさたるや、自らは動くことのないはずの草木さえ威風になびく程という。
 白い鬣(たてがみ)を振りたてた豪華な歌舞伎1体人形は、定番ながらなかなか製作難度の高いものといわれている。盛岡の八幡町い組が出す鏡獅子は髪が特に長いのが見所で、足元の岩に及ぶほどの隆々とした白毛は大変美しい。
 私は、鏡獅子の一番の見所は髪の白さだと思っている。髪が真っ白であれば山車全体が真新しい印象となり、やや褐色を帯びると古びた印象となる。真っ白な髪で、かつ量感があるようであれば秀作である。素材についても、本物の動物の毛を使ったり、ロープをほぐしたり、木の繊維を脱色したり、作り手それぞれが工夫を凝らしているようだ。

 山車好きなら誰もが見慣れた鏡獅子だが、意外にも戦後になって定番化した演題である。盛岡のか組が2体で初出し、これを1体ものに洗練した紺屋町よ組昭和40年代の作が八幡町い組で写され盛作され、平成に入ってからは石鳥谷・一戸など周辺域でも作られるようになった。現在はスタンダードな歌舞伎演題となり、各地で盛んに製作されている。
 典型的な元禄見得の姿は、彫刻家の平櫛田中(ひらくし でんちゅう)が国立劇場に収めた鏡獅子の構図である。キリリと伸ばした手を片方は手前、片方は横一文字に構える姿で、歌舞伎上演時においてはたった一瞬の所作だが、落ち着きがあり且つ颯爽とした雰囲気がある。このほか、胡蝶を脇に飛ばせた2体の鏡獅子、両手を水平に広げた片足立ちの鏡獅子などいくつか構想があり、一戸祭りには白毛を大きく宙に舞いあげる「髪洗い」の鏡獅子が登場した。どの作品も、背景は金張りの屏風で飾られている。
 以下に盛岡山車『鏡獅子』のおおまかな趣向数種を挙げるが、いずれも獅子になった弥生の本踊りの一部を切り取ったものであるから、特に語り分けの意味は無いかもしれない。



「典型」石鳥谷中組平成12年

(鏡獅子の構図)

【典 型】(田中型)
 盛岡消防第五分団よ組が初めて山車に採用し、富沢茂氏が番付を描いた。八幡町い組が昭和晩期に衣装の基調を青と黄緑にして製作、平成4年以降5年周期で登場している八幡町い組の鏡獅子に当時の色味が踏襲されている。これはい組だけが使う色合いで、盛岡の他の山車組や石鳥谷・一戸・沼宮内など周辺地域では、黒地に金の帯を引いた裃など実際の歌舞伎の衣装を極力真似て作られている。盛岡のさ組が作ったときは、錦織を意識的に多用して絢爛な衣装とした。


(HP内公開)

盛岡  盛岡



「胡蝶と2体」盛岡か組平成10年絵紙

【胡蝶付】
 牡丹の園で眠る鏡獅子を、胡蝶の精が起こしにくる場面である。番付では獅子と蝶が同じ大きさに描かれているが、実際の山車では獅子は大人形、胡蝶は見返し用の等身大人形を使っている。
 盛岡消防第九分団か組が考案した盛岡山車としては最も古い鏡獅子の型であり、盛岡観光協会が昭和晩期に構図を写している。平成に入ってからも九分団が一度作っているが、いまのところ盛岡市外では出ていない。


【片足立ち】
 舞台の幕切れの場面、鏡獅子が両腕を開いて正面を向く姿である。盛岡のさ組が初めて絵紙に描き表したが、実物は定例的な田中型として実現させなかった(20年近く経って、滝沢山車まつりで実現)。石鳥谷の中組はこの構想を変化を容れた片足立ちにして実現し、数年後に盛岡観光協会が学んでいる。観光協会の作品はふっくらと量感があり出来がよく、盛岡秋祭り常置PRポスターに写真が使われた。
 沼宮内の愛宕組が出した鏡獅子も片足立ちだが、こちらは踊りの途中を採り上げているので、上半身の構えは片手を上げ前髪を掴むなど上記と全く違う。


(HP内公開)

石鳥谷  沼宮内



「髪洗い」日詰一番組平成19年

【髪洗い】
 獅子が頭を振って長い鬣をぐるぐると回す場面を描いたもので、山車の鏡獅子としてはもっとも難度が高く、且つ奇抜さを狙える定型崩しである。一戸の西法寺組が実現したほか、日詰の一番組も取り組んだ。通常の姿では省略できる背中部分の鬣を、しっかりと表現しなければならない。


盛岡市の組平成27年

跳 躍】
 盛岡消防第九分団か組が平成に入って考案した、獅子の跳躍の一瞬を捉えた構想である。跳ね上がった拍子に背中を覆う長い鬣がS字を描いて袴の腰の辺りに絡む、躍動的な姿を飾っている。
 またこの山車では鏡獅子の白毛のボリュームを強調して再現したので、構図を真似た後年の作では、跳ばすよりも頭を盛ることに力が注がれた感がある。


(HP内公開)

 盛岡



 

 

(鏡獅子の見返し)

『小姓弥生』石鳥谷上和町組平成18年


小姓弥生】
 石鳥谷でよく作られる鏡獅子の見返しで、獅子に変身する前のお小姓弥生が開扇を両手に踊る姿を作る。石鳥谷以外では手獅子(小さな獅子頭)を手にした弥生を作ることが多く、八幡町い組は暫の見返しに『鏡獅子』と題をつけて飾っている。手獅子が弥生の意に反して勝手に動き始める場面であるため、本来は弥生と獅子とが別々の方向を向いていなければ筋に合わないが、この点に配慮した作品は少ない。背景や飾り物にさりげなく蝶をあしらう工夫がいくつかの作品にみられた。髪型は島田髪、着物は濃紺・紫・黒など落ち着いた色が多い。


(HP内公開)

盛岡  盛岡  石鳥谷  沼宮内





【胡蝶】

『胡蝶の精』盛岡市八幡町い組平成14年

 鏡獅子の舞台には絵(襖絵)の牡丹・作り物の牡丹に加え、二匹の胡蝶(西域の蝶・想像上の蝶)が舞台の四方を巡って獅子の姿を典雅に演出する。
 獅子が現れる前は、赤い着物を着て胸に小さな太鼓(鞨鼓:かっこ)をつけた姿で、両手に撥を持っている。八幡町い組が昭和58年以来鏡獅子の見返しとして使ってきた他、新田町のか組は『石橋』の見返しにも牡丹を描いた屏風を付けて、同様の胡蝶の精を飾っている。踊りではその後鈴太鼓(すずだいこ:タンバリンのような楽器)を使う場面もあるが、山車人形には取り上げられていない。
 獅子が現れると鞨鼓が外れ、蝶の羽根の模様の袖をはためかせながら獅子の周りを漂い遊ぶ。この撥の無い胡蝶は製作例としては少数派で、平成に入ってからは紺屋町のよ組が作っている。


(HP内公開)

盛岡

 

(他地域の「鏡獅子」の山車)

山形県新庄市

岩手県内:花巻祭りに豊沢町で、両脇に胡蝶を入れた鏡獅子を出している。見返しにもたびたび出てくる。大迫のあんどん祭りには、上若組が両手に髪を掴んだ鏡獅子を出し、中の蛍光灯が赤くなったり白くなったりという工夫をした。
県外・東北:青森ねぶたで獅子頭を手にした鏡獅子が出たことがある。扇ねぶたの送り絵にも、獅子を手にした弥生がたびたび採り上げられている。山形の新庄では鏡獅子の山車は定番の一つで、胡蝶には実際の蝶の羽根を付けて舞台を飛ばせたりしている。歌舞伎の胡蝶と実際の蝶が入り混じっていた作品もある。胡蝶に重きを置かない場合、新庄山車の鏡獅子と連獅子・石橋との間に大きな差は無い。【写真:山形県新庄まつりの『鏡獅子』】



文責・写真:山屋 賢一


山屋賢一 保管資料一覧
提供できる写真 閲覧できる写真 絵紙
典型 盛岡い組@ABC
盛岡さ組
石鳥谷中組(本項2枚目)
日詰上組
一戸橋中組
一戸西法寺組
沼宮内新町組
土沢駅上組
盛岡い組@(本項1枚目)
盛岡い組A
石鳥谷上若連
日詰上組

盛岡よ組@
盛岡よ組A
盛岡い組
盛岡い組@AB(富沢:色刷)
盛岡よ組(富沢:色刷)
一戸橋中組(富沢)
一戸西法寺組(富沢)
沼宮内新町組

盛岡よ組(富沢)
胡蝶附 盛岡か組

盛岡か組
盛岡観光協会
盛岡か組(富沢:色刷/本項3枚目)
盛岡か組
幕切れ・片足立 石鳥谷中組
盛岡観光協会
沼宮内愛宕組
滝沢山車まつり
盛岡さ組
盛岡観光協会(圭)
滝沢山車まつり
髪洗 日詰一番組(本項4枚目) 一戸西法寺組 日詰一番組

一戸西法寺組
跳躍 盛岡か組(本項5枚目)
盛岡の組
盛岡か組(圭)
盛岡の組
胡蝶 盛岡い組@(本項7枚目)
盛岡い組A
盛岡い組
盛岡観光協会

盛岡い組
盛岡お組
弥生(獅子あり) 盛岡い組@
盛岡い組A
盛岡か組
沼宮内新町組
石鳥谷上和町組
石鳥谷上若連
沼宮内愛宕組
盛岡の組
盛岡い組
弥生(獅子なし) 石鳥谷上若連
石鳥谷中組
石鳥谷上和町組(本項6枚目)
ご希望の方は sutekinaomaturi@outlook.comへ

(音頭)


かおる花模(はなも)に 白浪(しらなみ)深く 面影(おもかげ)映す 鏡獅子
鏡開きの 千代田
(ちよだ)の奥に 舞うは胡蝶(こちょう)か 獅子の精
(はなぶさ)かおる 牡丹(ぼたん)の盛(さか)り 獅子の狂いか 揚羽(あげは)の蝶
舞うは弥生
(やよい)か 手にした獅子か 蝶に戯(たわむ)れ 狂い舞い
舞うは弥生の 小獅子のかしら 跳ねて乱るる 白逆毛
(しろさかげ)
振るは巴か 白毛
(しらげ)の振りに 草木もなびく 獅子の精
蝶に戯れ 牡丹に遊ぶ 小姓弥生の 乱れ舞
長き白毛を 乱して踊る 眠り目覚まし 鏡獅子
(たけ)きこころも 牡丹に遊ぶ 草木も靡(なび)く 獅子の精
新春
(はる)の鏡開き(うたげ)や 江戸城大奥 小姓(こしょう)弥生が 舞い踊る
牡丹
(はな)の馨(かお)りに 胡蝶もからみ 舞うや白毛の 鏡獅子
晴れの舞台に 腰元
(こしもと)弥生 舞うは胡蝶か 獅子の精
五穀豊穣
(ごこくほうじょう) 祈りを込めて 舞うは男の 鏡獅子
歌舞伎十八番
(かぶき おはこ)の 舞踊(おどり)といえば 猛る姿の 鏡獅子
花の王なる 牡丹に映えて 今に名残りの 鏡獅子
花の香りか 情けの露か 舞うは弥生の 獅子頭
舞いし弥生に どこより来たる 胡蝶たわむる 獅子頭
跳ねて乱れる 獅子毛を立てて 狂う勇みの 鏡獅子
(たくみ)のつくる 子獅子の頭(かしら) 魂移り 乱れ舞う
手獅子に通う 匠の心 蝶に戯れ 花に舞う
胡蝶に迷い 花にも狂う 落ちぬ白糸 深き山
獅子の頭に 移りし弥生 狂い踊りの 鏡獅子
手獅子の精に ひかれし胡蝶 踊り狂うや 獅子の舞
鏡開きの 本丸奥に 花にうつつの 鏡獅子
歌舞伎十八番の 団十郎が 百年
(ひゃくとせ)伝えし 名場面
暴れ雄獅子の 振り鬣
(たてがみ)は 秋の祭りの 語り草
蝶に戯れ 牡丹の伏しで 獅子の這
(は)い寄る 納め舞

※小姓弥生
心もうつつ 牡丹の花に お小姓弥生が おんな舞
鏡開きに 手獅子を持って お小姓弥生の 舞姿

※胡蝶の精
獅子の想いを ひらりと交わす からわの髷(まげ)の 稚児(ちご)の蝶
清き流れの 響きにつれて 舞うや胡蝶の 艶姿
(あですがた)
花の王なる 牡丹の園に 遊ぶは蝶か 獅子の精
花の香りか 胡蝶の舞いか 胸に鼓
(つづみ)の 音ゆかし
空に舞いゆく 胡蝶の精が 結ぶゆかりの 梅の花
獅子の想いを かわして遊ぶ 空に舞い立つ 胡蝶の精
花の香りか なさけの露か 胸に鞨鼓
(かっこ)の 音になく
眠りを覚ます 胡蝶の袖に 白毛のかしら 鏡獅子



【写真抄】
(1枚目:昭和63年盛岡い組)八幡町い組通算2作目の鏡獅子、私が実際に見た中では一番の出来栄えで、未だこれ以上の鏡獅子に出会えていない。蟹股でしっかり腰を据えているのがよいのか、肩幅が広くがっしりした体なのが良いのか、手の向きの細やかさが効いているのか…きっと全部だろう。こういう山車が、センスの良い山車なのだと思う。衣装などまったく歌舞伎に添わなくても、このように上手な鏡獅子は作れるのである。こういう鏡獅子をまた見たい。(2枚目:平成12年石鳥谷中組)石鳥谷は山車の丈が高いので、スタイルの良い 背高な鏡獅子となった。中組では全く同じ衣装を使って、本文に述べた片足立ちの鏡獅子も作っている。髪はロープをほぐして作ったという。中村勘九郎の衣装を忠実に再現したこのタイプの鏡獅子が近年の主流である。(3枚目:平成10年盛岡か組絵紙)富沢茂氏による彩色済みの山車絵であるが、細かな部分に若干の落剥が見られる。また、何故かこの絵紙だけ滝に添う玉桜が描かれていない。実物の獅子の袖の柄が、この絵紙に見られる松の模様であったのを覚えている。同じ原画の絵紙が盛岡では3度登場している。(4枚目:平成19年日詰一番組)獅子が鬣を振って暴れる踊りを再現した作品、実際の舞台では場面によって「髪洗い」「巴」などいくつか呼び名がある。毛の素材はかぶっている部分、両脇に垂れた部分、尻尾の部分それぞれ違うものを使用し、ふわっと広がった感じに作っている。舞台の姿に準拠すれば足はほぼ直立に描くべきだが、この山車では静止図として迫力・説得力を出すため蟹股に開き、上体を前に傾けた。(5枚目:平成27年大迫下若組秋山車)同年盛岡の組の借り上げ。か組の「飛び跳ねる鏡獅子」を写した一作で、跳躍感よりも髪のボリュームに注力し、インパクトのある山車となった。山車が近づいてきてもなかなか顔が見えず、やっとそばに来て迫力満点の化粧を楽しめるという趣向(計算かどうかは不明)。動作を縮めてある分、髪や顔に意識を向けやすくしている。 (6枚目:平成18年石鳥谷上和町組)扇だけを手にしたお小姓弥生は石鳥谷独特で、写真のようなデザインの他、開扇2枚を手にする華やかな構想もある。特にこの作品は踊りの映像から着想された作品といい、女人形では稀な躍動感あふれる秀作である。 (7枚目:平成14年盛岡い組)胸に太鼓をくくった胡蝶の見返し。歌舞伎では主に子供が演じる役柄だが、山車では女形の人形とし、音頭に「稚児の蝶」と歌う。


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