八坂神社稲荷神社例大祭一戸まつり2007
付録 @貸し出し先での一戸山車 A一戸山車の装飾資料

 



 毎年8月最終金・土・日曜日に一戸町内を運行する野田組、西法寺組、本組、橋中組、上町組の5台の山車。町内小倉家に遺る恵比寿人形(大阪府「天神祭り」のお迎え人形)を明治後期に祭典に担ぎ出したのが山車行事の始まりといわれ、大正に入って盛岡の消防団が風流山車の作法を伝えた。かなり早い段階で盛岡の管轄から独立し、本組の釣鐘弥左衛門、橋中組の曲垣平九郎、野田組の日蓮上人など盛岡ではほとんど製作例の無い奇抜な演題を多く創作している。昭和40年代に行政の規制によって山車行事が途絶えかけたが(この影響から大八車を用いる団体が少ない)、バイパス完成の昭和58年に従来どおり5台の山車が揃い現在に至る。音頭上げのときに太鼓をたたく、掛け声に「よーいさよいさ」が混じる、山車を止めるときに独特の太鼓をたたく、など一戸山車ならではの特色があり、飾り方も5つの組おのおのの作法を伝えている。盛岡、八戸と並んで古くから山車の貸し出しを盛んに行い、祭典終了後約1ヶ月間にわたり県内各地で一戸の山車人形が引き出されている。
 ※今回は資料として、止まっている山車を撮影した写真を掲載しています。



野田組【四つ車大八/山本勘助】
★管理人撰 一戸一番★
動きもばっちり構図もばっちり道具もばっちり、こんな作品って作れるんだなあ。

義理と情けを 両手に込めて 高くかざすや 四ツ車
(見返し)風林火山の 御旗の下で 知恵者勘助 策を練る

※演題項※


 四ツ車大八は江戸時代に実在した幕下力士で、火消し鳶衆のめ組と大喧嘩を繰り広げたことで後世に名を残しました。盛岡山車はケヤキ作りの大八車が自慢なので、大輪を掲げて暴れまわる四ツ車の姿はよく演題に採り上げられます。今回の野田組の作品は、通常の車輪だけを差し上げる定型を破り、車輪の力強さはそのままに荷車ごと差し上げる構図となっており、新旧の作り手さんがノウハウの粋を結集して作り上げた自信作だそうです。

2007年NHK大河ドラマ「風林火山」の主人公








西法寺組【義経八艘飛び/静御前】
蝶か燕か赤間が浦を 躍る緋縅 大鎧(山屋創作)

清和源氏の 薫りも高く 跳ぶや逆巻く 浪の上
(見返し)敵の御前で 不倶戴天の 意地を通した 舞静
 (山屋創作)

※演題解説※


 壇ノ浦合戦で平家猛将の追撃をかわす船上の義経、見返しは鶴岡八幡宮、想い人義経を追放した頼朝を前に、静御前が不倶戴天の舞を舞う場面。











橋中組【酒呑童子/浦島】
清和源氏にとどめし勲 酒呑童子を 血祭りに

時の帝の 勅命享けて 目指すは丹波の 鬼退治
山伏姿で 油断を誘う 酒呑童子の 酒の宴

※演題項※


 源頼光は平安中期の武人、頼朝や義経・八幡太郎義家よりもさらに遡る清和源氏の始祖ともいえる人物です。当時は貴族の世の中で、武士は番犬のような低い身分でしたが、頼光は御所を守る為に一生懸命働き、徐々に信頼を得ていきました。時に都には夜な夜な妖怪がはびこり、若い娘をさらったり食べ物を盗んだり、悪事を繰り返しておりました。頼光は配下の四天王とともに妖怪の棲家「丹波大江山」に鬼退治に向かいます。妖怪の親分は酒呑童子といって、身の丈常人の四倍もある大鬼です。頼光は山伏に変装して酒宴にもぐりこみ、童子に鬼毒酒という強いお酒を勧めて酔い潰してしまいます。変装を解いて立派な鎧姿となった頼光と四天王は、眠りに堕ちた酒呑童子に総攻撃をかけて首を切り落としますが、一安心もつかの間、童子は顔を真っ赤にして怒り、首一つになって頼光に襲い掛かってきました。長らく日本の子どもたちの胸を躍らせてきた、有名な鬼退治のお話です。

武者がきちんと刀を振ってる感じに作ってある。やっぱりこういう楽しい演題は好きだ。



葛巻町 浦子内組借り上げ時










本組【為朝の強弓/琉球王朝 舜天王】
スマートな山車でかっこいい!

憤怒(いかる)為朝 髪逆立てて 弓の勢いぞ 弦の音
(見返し)国を治めて 舜天王 民を守りし まつりごと

※演題項※


 保元の乱に敗れて敗走中の源為朝は、風呂に入っているところを追っ手に見つかり捕まってしまいます(湯上り為朝)。為朝は鬼も引けないような強弓を引く力持ちだったので、平清盛は反抗できないように為朝の両腕の筋を切り、伊豆大島に島流しにしました。そこまでやってもまだ不安な清盛は、大船団を伊豆大島に差し向けて為朝を殺そうとします。為朝は粗末な小船を1艘沖に乗り出し、自慢の弓を引き絞って大船に射掛けました。するとたった一矢を享けただけで大船は木っ端微塵、平家の侍たちは皆震え上がり、大急ぎで京都に逃げ帰りました。為朝は流人になったあとも南海で活躍し、その子孫は琉球王朝(現在の沖縄県)の王様になったといわれています。

本組ならでは 為朝の表裏一体



葛巻町 新町組借り上げ時









上町組【弁慶立往生/鞍馬山】
大道具が本格的で立派。

乱れ飛びくる 弓矢を享けて 弁慶無念の 立往生
(見返し)鞍馬天狗に その身を窶し 九郎義経 時を待つ
 (山屋創作)


 武蔵坊弁慶は源義経の一の家来、主君が武運拙く都落ちの途に在るときも常にその傍らに仕え、励ましながら奥州平泉に下ってきました。奥州藤原氏は金張りのお堂を建てるくらいの大金持ちで、平泉は幼少の義経をかくまってくれたゆかりの土地です。藤原秀衡は義経主従を再び迎え入れて鎌倉との臨戦態勢を整えますが急逝、跡継ぎの泰衡は頼朝と対立するのを恐れ、ひそかに義経急襲の兵を集めます。義経は自害を決意、付き従う家来は僅かに6人、主君の最期を安らかなるままに守ろうと戦います。大男の弁慶は敵の弓矢の格好の的になり、何十何百の矢玉を其の身に受けますが、いくら矢を享けても決して倒れません。お不動様か大鬼か、すごい形相で高館の前に立って動かない弁慶。実は其の命すでに無く、死を賭しても忠義を尽くす弁慶の魂が、義経の自害の暇を守ったのでした。立ったまま極楽浄土へ逝ったので、後の人々は「立往生」と弁慶の最期を語り継ぎました。見返しは、自らの波乱の生涯を知る由もない、少年時代の義経の姿です。

杉の大木を据えた入魂の見返し


葛巻町 茶屋場組借り上げ時




☆(資料)一戸山車の装飾

本組 紙桜


上町組 紙の桜(芯染め)


野田組 紙の桜(ふち染め)


橋中組 防水桜


上町組 紙藤


野田組 布牡丹(紅)


本組 布牡丹(白)


橋中組 軒花


上町組 掛け簾(常設)


橋中組 掛け簾(仮設)


※正式な演題名はこちら


(管理人連絡先:sutekinaomaturi@hotmail.co.jp)
inserted by FC2 system