盛岡山車の演題【風流 碇知盛】
 

碇知盛

 



一戸上町組平成12年

 『碇知盛(いかり とももり:錨知盛とも)』は、平家が滅亡する壇ノ浦合戦(だんのうら かっせん)の一場面を写した演し物である。知盛とは、平清盛の四男で壇ノ浦合戦の総大将をつとめた新中納言平知盛(たいらの とももり)であり、碇とは、船を海上に停止する際動かないように沈めておく錘(おもり)のことである。
 義経の活躍で不利な戦況を覆した源氏勢に押され、平家一門はもはや勝ち目の無いことを悟る。二位の尼(にいの あま)は幼い安徳天皇(あんとく てんのう)を抱きかかえると、「海の底にも都の候」と耽美の言葉を残し、そのまま荒波に身を投じた。三種の神器をささげた平家の女官たちが、後を追って次々と入水する。知盛は一人、また一人と命を落とす自軍のつわもの達を波間に遠く見据え、「見るべきほどのものはすべて見た、いまはこれまで」と船首に掲げてあった大碇を担ぎ、かっと源氏の白旗を睨み据えるや、満身創痍の体を艫綱に託して海中深く沈んだ。
 壮絶な入水(じゅすい)の姿は、亡骸さえ敵方に渉るのを恥じて海底深くに沈めようとする平家武者の意地である。宗主宗盛(むねもり:知盛の兄)が無様に死に遅れたのと比べ、決して生き延びるまいとする知盛の潔い自決の姿は、敵ながら天晴れと後世の武士たちの崇敬を集めた。もともと鎧をふた掴み纏い身を重くして入水したという逸話だったが、能の「碇潜(いかりかづき)」以来上記のようなエピソードに摩り替り、謡曲「船弁慶(ふなべんけい)」、歌舞伎狂言「義経千本桜」など名戯曲の一節に採り上げられて有名になった。

 知盛が大碇を両手で差し上げるところを山車に作る。碇を真一文字に掲げる例がほとんどだが、一方の腕を伸ばして片方を曲げ斜めにかざす工夫も功を奏す。髪型は、死に行く戦士の運命を象徴するざんばら髪である。振り乱した長髪の一部を赤くして、流血を表現した山車もあった。髭は無いのが主流だが、上品に口髭を生やした顔、また月代を剃っていない長髪を乱したような顔も稀に登場している(時代考証からすれば、これが正しい)。人形の胴には、幾重にもわたって碇の艫綱が巻かれる。碇と船の双方をいかに目立つように作るかが製作上最大の留意点といわれており、特にも碇は、大きく見えるほど良いといわれる。直垂の形の調整などで、知盛の装束を平家の公達らしく見せる工夫も稀に見られる。

「斜めに構える工夫」川口み組平成18年

 碇は歌舞伎の小道具に見られるような鉄の碇で、色は地金の墨色が多いが、茶色に錆びて苔むした碇・銀の碇など、工夫を凝らしたものもあった。一戸の山車に出てくる碇は、黒に金か銀で縁を取ったものが多い。艫綱は太い荒縄のほか、白・赤・紫に染めた布袋を撚って作ることもある。

「肩掛け碇」石鳥谷上若連平成9年

 沼宮内の新町組が、満身創痍の落ち武者に碇をくくりつけた体の異様な碇知盛を作った。艫綱を綺麗に胴に巻くのではなく荒々しく四方八方から絡み付けて知盛の疲弊を表現し、両腕も綱と同じように碇に絡めた。船を省いて大岩を足場にしていたが、数年後に同町の川口で同じ趣向を取り入れたときは、船に乗せて作った。
 碇を持ち上げず、肩にかけた格好の知盛もあった。沼宮内のの組は、知盛が海に身を投げる一瞬を構想してこのような体勢としたらしい。石鳥谷の上若連が構図を真似た際は公家侍らしく知盛を白面にして上品な口髭を入れ、歌舞伎の見得を切ったような姿に作った。

沼宮内新町組平成27年

 碇を掲げない碇知盛もあり、沼宮内の愛宕組と一戸の橋中組とで酷似した構図が取り組まれている。錨を脇に抱え込み、長刀を持って波間を見据える知盛であった。碇を逆さに立てた構図は戦後に一戸で出て、平成に入ってからは沼宮内の新町組が見事に仕上げている。
 源氏の兵卒を加えて2体飾りにしたのは石鳥谷の上和町組で、これが私が初めて目にした碇知盛の山車である。昭和晩期の上和町組なので、八戸山車の影響が濃い。兵卒は知盛に薙刀を向けているが、目線は通さず知盛は正面やや上を向いて碇を掲げていた。盛岡の紺屋町消防団に残る山車の構想図にも知盛に蹴落とされた兵卒を添えて2体の趣向を描いたものがあるが、実際に作られたかどうかはわからない。

石鳥谷中組平成26年

 歌舞伎の「義経千本桜(よしつね せんぼんざくら)」は、平家一門が実は生き延びていて、都落ちの義経主従を幽霊に変装して襲うという筋書きである。戦いに敗れて入水自殺を図る知盛は、鎧も直垂も真っ白で顔も白塗りに青い隈取、おどろおどろしい返り血の化粧が入る。このような歌舞伎に準拠した碇知盛は石鳥谷で何度か取り組まれた他、やや小型のものが紫波町十日市の手作り山車、二戸駅前石切所の祭りにも登場している。歌舞伎では船の上でなく岩場から入水するので、山車にも船を飾らないことがあったようだ。日詰一番組の『新中納言知盛(しんちゅうなごん とももり)』、一戸の本組による白装束に二枚鎧を着けた『渡海屋銀平(とかいや ぎんぺい)』、知盛に数珠を手にした弁慶を並べた石鳥谷上若連の『大物浦(だいもつのうら)』などは千本桜の碇知盛から派生した演題で、『見返し 渡海屋』と題して亡霊姿の知盛の出発場面が上がったこともある。

 知盛の見返しは前述の『渡海屋』の他、尼姿の『健礼門院(けんれいもんいん)』『二位の尼』などが飾られたことがある。健礼門院は平氏から天皇家に嫁いだ女性で安徳天皇(あんとくてんのう)を産み、平家滅亡後は京都大原で尼になり一門の菩提を弔った。幼帝と三種の神器を道連れに海に身を投げた二位の尼(平時子:たいらの ときこ)は、平清盛の妻・知盛の母である。前述の千本桜で知盛とともに自害の道を選ぶ安徳帝の乳母『典侍局(すけのつぼね)』は、石鳥谷の中組が山車に上げている。 

「碇を掲げない」日詰下組平成18年

紫波町上平沢志和八幡宮祭典山車平成19年

 

(他の地域の「碇知盛」の山車)
 九州に行ったとき、「碇知盛は東北限定の演題や」と教えられた。確かに全国的には稀有な外題で、なおかつ東北では青森ねぶた、弘前ねぷた、八戸山車(青森)、角館飾山(秋田)、新庄山車(山形)などほぼ全域で製作されている。新庄では顔半分が血だらけの碇知盛が毎年のように出るが、これは壇ノ浦の戦いではなく義経千本桜の大物浦の場面である。角館でも同様で、武者ものの碇知盛は出ない。八戸山車はほとんどが船弁慶の脇役として登場する碇知盛で、知盛は主役であっても怨霊に化けた姿である。二戸の平三山車でも、現在は青白い顔で額に血をたらした知盛人形が使われている。盛岡山車のような人の肌の色をした碇知盛は、確かに少ない。



文責・写真:山屋 賢一

 


(ホームページ公開写真)

一戸祭・見返し 渡海屋銀平  川口祭  沼宮内祭・見返し 平時子



山屋賢一 保管資料一覧
提供できる写真 閲覧できる写真 絵紙
定型 石鳥谷上和町組
一戸上町組(本項1枚目)
一戸野田組@
沼宮内大町組
川口み組(本項2枚目)
志和町山車(本項7枚目)
一戸野田組A
一戸本組
沼宮内愛宕組
盛岡城西組

一戸橋中組@A
盛岡穀町
石鳥谷下組
盛岡一番組@A
盛岡橘産業
沼宮内愛宕組@A
一戸本組
盛岡城西組(富沢)
大迫下若組
一戸上町組・一戸本組(国広)
一戸野田組(富沢)
沼宮内大町組
志和町山車

盛岡穀町
沼宮内愛宕組
盛岡一番組(国広)
盛岡穀町・盛岡橘産業・一戸橋中組・一戸野田組(国広)
肩掛け 石鳥谷上若連(本項3枚目)
川口井組
沼宮内の組
落ち武者 沼宮内新町組
川口み組
沼宮内新町組
掲げず 沼宮内愛宕組
一戸橋中組・日詰下組(本項6枚目)
一戸橋中組
碇立て 沼宮内新町組(本項4枚目) 日詰橋本組
一戸野田組
千本桜 二戸石切所中央一区
石鳥谷下組
石鳥谷中組(本項5枚目)
石鳥谷中組

秋田角館
石鳥谷下組(手拭)
石鳥谷中組(手拭)
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(音頭)


若き武勇を 碇にこめて 帝(みかど)護りし 壇ノ浦(だんのうら)
碇知盛 この世の限り 見るべきものは 全て見つ
鬼相
(きそう)知盛 最期(さいご)と悟り 碇もろとも 壇ノ浦
見るも勇まし 大物浦
(だいもつうら)に 最期を飾る 大碇
碇知盛 平家の最期 たぎりて落つる 潮の中
紅の幟
(のぼり)か 波間の白か 碇知盛 これにあり
陣の羽織
(じんの はおり)に 碇をかざし 勇む知盛 壇ノ浦
花の若武者 知盛が 八島
(やしま)の沖に 奮戦す
碇知盛 船もろともに 尽きぬ怨みの 壇ノ浦
沙羅の仇花
(あだばな) 波間に散りて ゆくえははるか 沖の果て
碇知盛 最期の海へ からだ巻かせる 碇綱
見るべき程の 事をば見つと 碇巻きつけ 仁王立ち
仁将
(じんしょう)知盛 平家の亀鑑(かがみ) 栄華みじかし 壇ノ浦
平家一門 栄華の夢も 海の藻屑
(もくず)と なりにけり
碇担いで 大物浦に 勇将知盛 力尽く
御座船
(ござぶね)護る 知盛最期 恨みは深き 壇ノ浦
悲運一天 波の脊
(せ)黒く つなぐ恨みの 碇綱
みなぎり落つる 渦潮
(うずしお)ついて 鎬(しのぎ)削りし 壇ノ浦
鎬削りし 屋島の浦の 波も静まる 御代となる
この身世になく 恨みは深く 碇しずめる 壇ノ浦
海底
(うみ)の御幸(みゆき)に 供守(とももり:知盛)せんと 沈む恨みの 碇綱
平家名うての 若大将が 碇身につけ 壇ノ浦
花の若武者 知盛強く おごる平家は 屋島沖
この戦いに かけた願いも 碇とともに 壇ノ浦
碇綱へと からだをまかせ 知盛最期 荒海へ
碇知盛 波間に消える 恨み尽きせぬ 壇ノ浦
「あだに思うな」 安徳
(みかど)のことば 恨み捨て去り 碇綱
海の底なる 帝の行幸
(みゆき) しとう知盛 寿永(じゅえい)の花

※健礼門院

菩提(ぼだい)弔う 徳子の姿 思いは馳せる 瀬戸の海

 

二戸長嶺連中平成12年

【写真抄・各地の碇知盛製作状況】
(1枚目)一戸町上町組平成12年、典型的な碇持ち上げスタイルの秀作。船も碇もすごく大きくて豪快である。碇には狭い道や電線の低いところに行くと、部分的に折れ曲がる仕掛けが凝らされている。一戸町では西法寺組を除く4つの組が碇知盛の製作経験を持ち、いずれもこのような定例スタイルを飾っている。翌平成13年には野田組で、上町組に対抗したような構図そっくりの知盛が出た。(2枚目)岩手町川口み組平成18年、正統派碇知盛で私が見た中では一番の傑作である。碇を斜めに構えて高さを調整しつつ躍動感を上手く出せているし、船端に構える足も素晴らしい。実は低い方の手は少し碇から離れていて、それもまた効果的であった。碇知盛は悲しい感じに仕上がれば理想的だと個人的に思うのだが、この山車の知盛は泣き腫らしたような顔をしていて悔しそうである。川口ではみ組の他、井組にも碇知盛の製作歴がある。(3枚目)石鳥谷町上若連平成9年。定型を崩して碇を肩だけで支えた姿であるが、顔が白面で優男の風貌であり、大鎧の色彩も淡く調整して上品さを出している。石鳥谷では西組を除く4組が碇知盛に取り組んでいるが、いずれも定型を崩した奔放な作品で、それぞれに見所があった。(4枚目)沼宮内新町組平成27年、碇をほぼ直立させた新構想である。構図に大きさがあり、色使いに冴えがあり、表情に憂いがある。矢の配置や座り姿勢故の量感が良い。なお沼宮内ではろ組を除く4組で碇知盛製作歴があり、大町組が正統派、残る3組は全て定型破りで個性を出している。(5枚目)石鳥谷中組平成26年、歌舞伎知盛の顔アップ。風流山車がお祝い物である以上、返り血の化粧は芝居ものとしてのみ許されるものであろうと私は思う。単に血の赤だけでなく、奥まで深みのある上手な塗りである。同様の歌舞伎知盛は中組で2度、下組でも一度出ている。中組は船を付けず、下組は船を付けた。(6枚目)日詰下組平成18年(一戸橋中組借上げ)、定型の碇を掲げるスタイルを崩し、碇を脇に抱えて船端に大長刀を立てる異色の構図であった。知盛の武具のところどころに天皇家の菊の御紋があしらわれ、幼い安徳帝を護って戦った知盛の潔さ、悲しさを暗示している。悲しげな雰囲気の漂う秀作の知盛であった。(7枚目)志和町山車平成19年。盛岡一番組の碇知盛は、月代を剃らずにざんばら髪にして、船の丈は低く作る特徴があり、盛岡市内では一番組が最も多く碇知盛を手がけている。かかわりの深い紫波町志和町の山車も、ほぼ一番組型の碇知盛を踏襲している。(8枚目)二戸まつりポスターより、平三山車長嶺連中平成12年。潰しの使い方から人形の角度から、平三知盛ではこれが一番うまくいっていると思う。主役が自決へ向かうその傍らで、平家武者が敵軍に最後の一矢を報いているのが良い。


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