姫神神楽

 南部盛岡の中央には、「南部片富士」巌鷲山(がんじゅさん:いわてさん)がそびえ、北方に姫神山が見える。岩手山や姫神山など盛岡の北側を囲む山々にも、山伏たちが伝えた神楽がある。これらを「姫神神楽」と呼ぶのは筆者一流のことで、一般的にはそれぞれの団体が独自のものとして考えられている。
 姫神神楽は江戸時代の盛岡藩主「南部氏」の信仰と深く関わり、お抱えの神楽として重用されたものである。そのため、復古神道の色が濃く、同じ神話を扱った演目でも、他の神楽には無いような筋書きで話を進めている例も見られる。団体を限っての話になるが、能の芸風を取り入れる例も見られる。詳細については下段で述べるとして、概要として盛岡市広域の山伏神楽について、その共通項をまとめてみたい。
 まず、いずれの神楽も青地に二見ヶ浦を描いた神楽幕を用いることである。早池峰神楽の影響を受ける以前は、南部の神楽幕はこの形が最もスタンダードであった。多くは近年図案化されてしまっているが、盛岡の宮崎神楽などは往時のままの風格のある絵柄を守っている。神楽座に張り巡らす注連縄は、紺染めに幣の形を抜いた細長い幕によって代用されており、幕とあわせて舞台には濃紺の色彩が漂うこととなる。囃し方の衣装にも、注連縄が白く染め抜かれていることが多い。囃子は笛と太鼓にてビラガネを加えて演奏し、単調なリズムを上品に囃す。落ち着いた雰囲気のある舞が多く、荒舞といわれる『ふうしょう』『山の神』などでも、体を一定のリズムで伸縮させるような、一見すれば激しさを感じない舞である。軽やかな演目には4人一組で踊る天孫降臨祝いの『御神楽』があり、多くは猿田彦大神によって導かれる。以南の早池峰神楽が女装をしてしめやかに鶏舞を踊るのと対照的である。『三方荒神』など複数の舞手が演じる荒舞も、軽やかな所作が多い。

 姫神山麓の山伏神楽の芸風は各団体によって千差万別であるが、これは伝えた山伏が各々異なるからであり、中世から近世に掛けてこの地域でいかに山岳信仰が盛んだったか、往時をしのばせるものがある。盛岡八幡宮の神明神楽として保護された宮崎神楽を始め、藩政の助力のもとに護持されてきた例も多い。現在は盛岡市、岩手郡(滝沢村玉山村西根町雫石町岩手町松尾村)が伝承地域であり、残念ながらそれほど注目を集めていない。貴重な芸風と、山伏神楽では稀な上品さ、気品を備えた舞振りを、もっともっと多くの人に楽しんでもらいたいものである。


 

姫神神楽 演目の紹介


『打ち鳴らし』
 神楽奉納前と奉納後、社殿に向けて囃子を奏して神様に挨拶をする。滝沢村の川前・篠木両神楽のほか、玉山村の日戸神楽でも見られた。聞いていて心地よいのは川前神楽のリズムの早い打ち鳴らし。

『猿田彦』さるたひこ
 天孫降臨の予感を醸す猿田彦大神の一人舞で、白髪の天狗が両手を開いて見得を切る動きが中心となる。舞が始まる前から、採物である幣のついた杖が幕の真中に立っている。直立不動で上を見上げる動きが3、残り1が両手を開いて踏み込む振り。この繰り返し、一見単純だが、その実ものすごい技術が感じられ、全く見るものの視線をそらすことがない。舞台を四角く巡るのが常の演目であるが、日戸神楽ではこれを無視したような奔放な動きで荒舞調に仕立てられている。一般的にこの舞は『御神楽』と直結する形で演じられるが、宮崎神楽ではその間にさらに2種類の舞が入る。大蛭女の尊とされる京風の冠をかぶった2人の巫女の舞と、手力雄の尊の一人舞である。以上3つの演目を総称して大岩戸といい、全体で約1時間の舞である。各々の舞の由来には不明な点が多いが、やはりその後に踊られる『御神楽』との関連から、天孫降臨の様子を簡略化して表したものと考えられている。

『御神楽』みかぐら
 天地開闢と天孫降臨を祝う四人舞で、軽やかなステップの軽快な踊りである。川口神楽ではいくつかのパーツに切り離して路上で踊られる。宮崎神楽のものは、一関地方のみかぐらに通ずるような跳ねを中心とした踊りで、いかにも嬉しくて跳ね回っているという印象がある。兜の垂れを意識する視覚的な工夫、鈴木を床について乾いた音を立てる聴覚的アクセントなど、諸処に工夫が見られる。


『八幡舞』はちまんまい
 御神楽を基本に弓矢を採る舞を加えたもので、八幡神の由来を三韓征伐の応神天皇出生物語を軸に語る。謡の後に四方に矢を放って悪鬼を払い、川前神楽では採り物の弓を折って舞い納める。多くの団体が2人舞として演じるのに比して、滝沢村では原則として一人の舞としている。大ヶ生山伏神楽には矢を単体で緩やかに旋回させる印象的な動きが入る。

『翁』おきな
 他の地域で翁といえば、非常に緩やかで動きが少なく、おおらかな印象の舞であるが、姫神山や岩手山の神楽では、翁はたいへんすばしこく、動きも大きく激しく舞うのが特徴である。威厳が感じられない分、道化の要素も垣間見られるほどに娯楽的であり、親しみやすい舞といえる。

『三番叟』さんばそう
 金と黒の縞模様の長い烏帽子をつけて鈴木を持って踊る道化舞で、おめでたい舞として喜ばれる。川口神楽などでは黒い翁の面をつけて踊るが、西根町の岩手山神社山伏神楽では直面で舞っていた。途中兎跳びのようにして四方を這い回るシーンがあり、これはこの舞を通して人が生まれ死に行く流れを表現したものといわれ、この他にも呪術的な所作が多く見所といえる。

 

『天の岩戸』あまのいわど
 天照大神は4匹の悪鬼の乱行に怒って天の岩戸にこもるが、七晩七夜の宴の末に戸隠大名神の導きで現世に引き戻されるというストーリーで、始めに天照の一人舞、続いて4匹の鬼の荒舞、戸隠大名神が登場して悪鬼に喝を入れ、最後は面を外しての四人崩しとなる。宮崎神楽では天照の一人舞が弓を採り物として演じられ、優雅さと気品にあふれる大変魅力的な舞である。大ヶ生山伏神楽では崩し舞で一人一人舞手が抜けていき、最後は悪鬼の舞手ひとりがかなり長い舞を演じ、見応えがある。日戸神楽でも同型の「天の岩戸」を伝え、東西南北に鬼が立ち中央にアマテラスが立つことによって五方をかたち作る。

『天野浮橋』あまのうきはし
 創造神イザナギイザナミの結婚式の舞で、月と日の結合がその象徴。イザナギイザナミの夫婦雛のような見事な画と、胴着姿で登場する老師、最後は3人のクヅシ舞で〆る。

『伍代竜王』ごだいりゅうおう
 龍王が3人の皇子に国を分け与えるストーリーで、陰陽五行説の由来を解く舞。「五大龍王」では兄弟は5人で、これは陰陽五行の「五」に連なるものである。全国的な「五大龍王」ではしばしば5人は全員男で、5番目は「五郎王子」という名前だが、このあたりでは5番目は「五郎の姫(宮)」として女である。上の4人はそれぞれ「青春」「朱夏」「白秋」「玄冬」として四季を司り、領分のないことに怒る姫は兄たちに戦争を仕掛ける。結局文善博士の取り計らいによって、姫は四季18日ずつの土用をわけてもらい「中黄」となる。宮崎神楽の「五大龍王」の正式な形では、鬼面の4人の王子はそれぞれ青・赤・白・黒の旗を背にさして舞い、姫は黄色の旗をさしている。

『三方荒神』さんぽうこうじん
 3匹の鬼の荒舞で、宮崎神楽の土俗的で迫力のある典型的な荒舞の型を抽出した形。

 

『山の神』やまのかみ
 山岳に住む荒神に祈る舞で、序盤は面をつけて踊る練、後半は面を外して踊る崩しとなる。川前神楽では左右の板を手で交互に跳ね上げて、最後に両方跳ね上げて礼をする。体を正確に崩していくプロセスが美しい。その後、手を腰に軽いステップ。この繰り返しがネリ。クズすと採り物をくるくる回しながら軽いステップを踏む。とりわけ扇子の旋回が素晴らしく、練と崩しのあいだにはかなりの間隔が取られる。社風で神明神楽の芸風が色濃い盛岡市の大宮神楽では、「さあや、山の神!」と後半に2回ほどかっこいい掛け声がかかる。面を外した状態で舞い始めるケースが多い。

『せつりんぎ』
 刀潜りを見所とする3人舞で、正福院神楽では御幣を千切って刀の切っ先を覆う。

『山田の大蛇』やまたのおろち

 天照大神の弟のスサノオノミコトが大蛇の供物として捧げられる寸前の麗しい姫君を救うため、大蛇と対決するという筋。宮崎神楽が9月15日の夜に盛岡八幡宮の境内において奉納する年に一度の舞で、舞台手前に欄干をしつらえて、能装束に般若面をつけた大蛇がこれに足をかけてうねる。大蛇を無事退治し終えた後、姫君と両親の老夫婦で祝いの崩し舞を舞う。

 

『十番切り』じゅうばんぎり
 曽我兄弟が仇討ちを前に18年の苦節を語る舞で、宮崎神楽武士舞の基本。五郎十郎の面の対比が大変よくできており、様式美色濃い見得を決める場面が圧巻である。舞台を駆ける、ないしは跳躍を伴うといった躍動感が魅力。

『羽衣』はごろも
 天女が浜に下りて一休みしていると、付近の漁師に空を飛ぶための羽衣を奪われてしまう。天女は羽衣を返す代わりに漁師に結婚を迫られるが、美しい舞を舞って見せるから許して欲しいと訴え、漁師の了解を得て舞う。有名な天の羽衣伝説を神楽化したもので、2人の天女の優雅な足踏みが魅力の美しい舞。柱には羽衣を表す衣装を巻きつけておく。宮崎神楽と能楽との関係を思わせる演目。

『船弁慶』ふなべんけい
 都落ちの義経主従が大物浦で平家の亡霊に船を沈められそうになり、これを武蔵坊弁慶の法力によって退けるという能系統の演目で、9月16日の夜に盛岡八幡宮境内で年に一度だけ奉納される。始めは面をつけない義経主従の3人舞、その後能風の衣装を着けた新中納言(知盛)が現れ義経に襲い掛かるが、これを黒装束に数珠を採る弁慶が阻み、両者が欄干を背に組み合う。欄干を船端に見立てて両者の争いを臨場感あふれんばかりに描く見事な舞である。

『注連縄切』しめきり
 荒神の霊験によって舞台の注連縄を一刀両断して神楽の効力を観客の加護にゆだねる舞。宮崎神楽は荒面、正福院神楽では般若面を用いる。神楽の幕切れを飾る舞である。

『権現舞』ごんげんまい
 権現舞は神楽の始まりを告げる場合と終わりを告げる場合とがあり、前者は盛岡市の大宮神楽・同八ツ口神楽、後者は大ヶ生山伏神楽や玉山村の日戸神楽などが典型。大宮では『御獅子舞』の別称があり、米やお神酒のほかに麻の束を噛む趣向が特徴で、日戸や八ツ口にも同様の例が見られる。滝沢村の2団体では獅子が扇や襷をミャーミャーと鳴きながら飲み込む趣向が入る。下舞はどの団体のものも単調なリズムがベース。

文責:山屋 賢一

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