畠山二郎重忠

　源平合戦鵯越の逆落としのとき、大将源義経の号令で武者たちが次々と駆け下りていく中を、独り歩み出せずにいる武将がいた。馬が坂を怖がって、駆け下ろうとしないのである。馬の主は「臆病者」と一喝、あわや馬を斬り殺すのかと家来衆が心配して見ていると、何と鎧の上から乗馬を背負い、腹帯を肩にくくって担ぎ上げてしまった。馬の主はそのままのしのしと崖をくだり、谷の平家に果敢に攻めかかるのである。
　畠山重忠（はたけやま　しげただ）が愛馬を背負って鵯越を駆け下ったとの伝説は、一方で坂東武者の不屈の精神をあらわし、なおかつ一方では、自分に仕えるものへ深い慈愛を示した武将の優しさを今に伝えている。

　盛岡地方では逸話をもとに、馬を背負った鎧武者の立ち姿として重忠の山車を作る。馬は前半分だけ作り、前足２本を武者に引っ掛けて背負わせる構図が多い。大変バランスがとりづらく、重忠と馬の双方をいかに大きく見せるかが上手な山車のポイントとなる。足元や背景に切り立った崖を作るのは岩手町の重忠で、これはいわば下り始めの姿。一戸の重忠に、足下に平家の赤旗を踏み据えて背には源氏の白旗を率いる趣向が見られたが、こちらはいよいよ戦場に現れた馬背負いの武者が敵軍を驚嘆させているイメージであろうか。背負うための襷（たすき）の描写にも各組の工夫が見える。木の棒を杖にしている場合が多いが、両手で手綱や馬の前足を持つような姿もある。駆け下る躍動感を表そうと片足を跳ね上げたり、そもそもの設置位置を高くして足下にがけを見せるような工夫も試みられた。
　沼宮内の新町組は、馬を横向きに丸々一頭背負うような新発想で重忠を作り、錦で馬の目隠しをした。同町のろ組も後年、これとほぼ同じ構想で取り組んでいる。

　ふつう重忠は角の付いた豪華な兜をかぶって甲冑を着ているが、一戸の小鳥谷で出た重忠の山車は、兜をかぶらないざんばら髪であった。盛岡山車以外で重忠を山車にする例は青森県に見られるが、青森の重忠にはこのような仕立て方のものが多く、ねぶたでは半身裸の重忠が躍動的に表現されたこともあった。
　盛岡以南ではまれな演題だが、県北部では割と作られる機会が多く、一戸では橋中組・本組・野田組、岩手町では沼宮内のの組が得意としている。昭和59年には岩手町の山車組の協力のもと、重忠の山車が盛岡市本宮「六番組な組」の初奉納を飾った（写真１枚目）。

文責・写真：山屋　賢一

（ホームページ公開写真）

孤城落影（こじょう　らくえい）　十万余騎（じゅうまん　よき）の　肝おどろかす　逆落とし
秩父（ちちぶ）の若武者　重忠（しげただ）勇士　源氏の先陣　一の谷
愛馬三日月（みかづき）　がっきと背負う　武勇無双の　畠山
岳（やま）を駈けるは　疾風（はやて）か雲か　重忠奇襲の　逆落とし
勇士重忠　鵯越（ひよどりごえ）を　愛馬背負いて　駆け下る
愛馬背負いて　鵯越に　威風堂々（いふう　どうどう）　大鎧
愛馬三日月　重忠背なに　断崖下降（げこう）の　武者姿
鹿もたじろぐ　切り立つ崖を　馬を肩にし　降りんとす
武勇無双の　重忠公が　鵯越の　逆落とし
峻（けわ）しい峪より　背負いて降りし　豪傑重忠　一の谷
智将重忠　源平絵巻　鵯越の　逆落とし
人馬一体　不屈の魂　懸けて攻め込む　一の谷

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