和賀地方の大乗神楽

  

 大乗神楽は岩手県北上市を中心に伝承されている郷土芸能である。北上市外では、花巻市や沢内村に伝承例がある。ほとんどの大乗神楽は「権現舞」のみしか演じていないが、和賀大乗神楽、北笹間大乗神楽、村崎野大乗神楽、宿大乗神楽、上宿和賀神楽、長清水山伏神楽、宇南神社付神楽、坂本神楽には幕を張って演じる演目が伝わっている。


 大乗神楽の最大の特徴は「神仏習合」を行っていることだ。神仏習合とは、神様と仏様を同一のものとしてお祀りすることで、平安時代ごろから始まり江戸時代まで盛んであった。山伏神楽を演じた修験者たちもまた、この神仏習合にさらに山岳信仰を織り交ぜて独自の教義を展開させていた。明治時代になると、天皇家を現人神とする国家神道を作るために「神仏分離」が行われ、神道を尊重するために合祀されていた仏像や寺院が激しく排斥される「廃仏毀釈」が起こった。修験道も希釈の対象となったため、山伏神楽のほとんどは難を逃れようとその芸態を神社神道に叶うものへと変質させてしまった。だが、大乗神楽ではほとんどそういう変質が進まなかった。ゆえに大乗神楽には、修験道にかかわる芸能がもともと持っていた「印(霊験あらたかな手の結び方、足の踏み方)」がはっきりとした形で残っており、由来その他がうかがわれなくなった今では却って意味深に、観客の目に映る。

 舞は主に踏み足で舞台の穢れを祓うものであり、踵を落としてからゆっくりとつま先をおろし、これに全身の動きが連動していく。また、両手を組んで様々な形を作り、舞台に結界を張る手次も、他のどんな山伏神楽よりも正確に行われており、総じておまじないというか、お祈りというか、そういう儀式的な意味合いがとても強いような印象がある。静かな舞の中でいきなり扇子や幣を投げつける動きが入り、観客は息を飲む。いずれの神楽でも、幕から登場するときは振るったりせずにサッと現れ、踊り終えると合掌してうしろ向きに幕の中に入っていく。
 大乗神楽の演者は舞手も囃子方も皆、肩から玉袈裟をかけている。法螺貝を吹いて開演し、演じ終わった舞手は合掌して後ろ向きに幕の中に入っていく。演目は全部で33あるが、大まかには6つのタイプに分けられ、似通った演目も多い。


@鳥兜をつけて面をかぶらずに踊るもの

「七つ釜」「棟上」「大乗の下」「笹結び」

A鳥兜をつけて面をかぶって1人で踊るもの

「庭鎮め」「荒神」「普将」「稲荷舞」「薬師」

B鳥兜をつけて面をかぶって2人で踊るもの

「地割」「地讃」「王の目」「神拝」

Cザイをつけて面をかぶって1人で踊るもの

「魔王」「正足」「榊」

Dザイをつけた複数の舞手が登場するもの

「七五三切」「龍殿」「鬼門」

E他の山伏神楽にも共通する演目

「三番嫂」「天の岩戸」「鐘巻き」「帝童」「天王」「権現舞」


 大乗神楽は近年研究が進み、5団体が岩手県の無形文化財に指定されている。公開については、北上地方各部落の火防せ祭りにて権現舞の門回りが行われており、筆者も黒沢尻・江釣子・二子などでその様子を見物した。幕を張って演じるものについては、大乗神楽大会(6月)、みちのく芸能まつり(8月)などのイベントのほかに、春には寺院を会場に一般公開を行う恒例が出来た。100有余年を経ての大乗会も開催され、人目に触れる機会が年々増えつつある。



(管理人の見聞歴)

 私が初めて大乗神楽を見たのは、平成13年のみちのく芸能まつりであった。北上市内の伝承団体がいくつか出演したが、このときに見た和賀大乗神楽の「榊」に大変感動し、以後も榊を中心に公開の機会があれば足を運ぶようにした。慶昌寺での和賀大乗神楽の公演は、1団体によるまとまった演目数の総覧ができた機会であった。榊を演じるというので、村崎野駅近くの伊勢神社にも見に行った。真っ白い装束で演じられた榊は和賀のものとまた違った趣で、後々宿や上宿でも同じような装束が採用された。大乗神楽大会は2回見に行った。最初に見に行ったときにすべての演目の写真を撮り、以降鑑賞の参考に使った。権現舞だけを演じている団体もなかなか見ごたえがするものだ、と思った。宿、上宿についてはイベントで見ることが多かったが、二子遍照寺での榊舞披露会、春分の日に行われる火防祭にて現地で演じられる姿を見ることが出来た。山車まつりとの兼ね合いで、黒沢尻新穀町の権現舞など火防祭に欠かせない大乗神楽もいくつか見に行った。沢内村の坂本神楽については3演目をビデオで確認した。平成16年春に行われた大乗会では、現在各団体が演じられるであろう限界点を十分に堪能でき、4年余りにわたる神楽見物の総括とすることができた。



 

●伝承団体


和賀大乗神楽について

 この系統の本流といわれ早くから県の文化財、文化庁の選定を受けていたが、その名に恥じない素晴らしい荒舞を持っている。『榊』の独特の間、複雑な動作の重なり合いが見事で、長時間を一切感じさせない観客を引き込むような霊験がある。また、主旋律ともいえるお囃子の笛のメロディーが絶妙にまとまっていて、いつまで聞いても飽きない素晴らしい楽曲、太鼓の奏法にも独特のものがある。他団体に比して著しくタメの動作が大きいことと、上方向に採物を打ち上げる勢いのよさが、舞の雰囲気をここまでの激しさにしているように思われる。見物した演目は『神降ろし』『榊舞』『大乗の下』『帝童』『三番叟』『天の岩戸』『地讃』『荒神』『権現舞』『七五三切』『権現舞(伏せ獅子)』『天王』『鐘巻』で、この団体のみが演じているものも多い。



村崎野大乗神楽について

この神楽の中で私が一番好感を持った舞は、女舞『帝童』で、序盤の女性の仕草、たとえば髪をすいたり鏡をそっと見たり、そういう仕草を情緒的な賭け歌に乗せてしとやかに演じていくけなげさが、実に可憐で美しい。若手の隆盛が著しい神楽として有名であり、大乗会でも若者2人が息ぴったりの『鬼門』を演じた。『三番叟』『王ノ目』『魔王』『帝童』『榊(祈祷舞)』『権現舞』『普将』『地割』『稲荷舞』『湯引き』『神拝』『鬼門』を見物している。



宿大乗神楽について

豪快な舞ぶりが魅力の大乗神楽で、エネルギッシュな『榊』は他の団体が細やかさを主張するのとは対照的に、手の上げ下ろしに凄い勢いがついていて見ごたえがした。道化の絡む『三番叟』をはじめ、神楽の持つ賑々しさが多く取り入れられているようだ。太鼓の響き方が和太鼓っぽい感じであったり、笛を複数使ったりして、お囃子にも他には無い味が出ている。『魔王』『正足』『三番叟』『大乗の下』『榊』『権現舞』『龍殿』『地讃』『荒神』を見物。



上宿和賀神楽について

白地に真っ赤な不動明王をいただいた幕がいかにも修験らしくて好きだったが、現在は同じ図柄を紺地に染めた新しい幕が使われている。イベントでは子供が舞う場合が多かったが、最近は大人の演じる演目も増えて見所を増やしている。体全体を傾けて行う踏み足は迫力があってよい。平成17年の大乗神楽大会では『榊舞』を披露した。『龍殿』『笹結び』『御神楽』『庭鎮め』『魔王』『権現舞』『棟上』『大乗の下』『薬師』『正足』『榊』を見物。



北笹間大乗神楽について

花巻市の大乗神楽伝承団体。和賀大乗神楽と同格の格式を誇る団体で、北上市内にもこの団体に師事した神楽が多い(村崎野、宿、上宿は北笹間と同じ作法で榊を演じている)。芸風は地味だが、狂言など珍しい演目を多く残している。『庭鎮』『七五三切』『七ツ釜』『刀狂言』『王の目』『天岩戸』を見物した。



道上山伏神楽について

路上で舞う集団らしく豪快に、迫力たっぷりに演じる組で、和賀に匹敵するメリハリ、キレが備わっている。あらゆる工夫、技術を『権現舞』一演目に結集しているだけあって、下舞、本舞共に神楽権現舞全体においてもかなり高位置にある、実にいい芸を持っていると思った。



新穀町神楽について

新穀町7区山車組の余興として演じられる権現舞で、下舞の部分を主にかぐらと称して子供たちに踊らせる他、半纏姿の若衆が蛇頭を採って本舞の部分も演じる。頭を斜めに構えて激しく打ち合わせながら下げていく部分が特に勇ましく、立ち姿の細かい歯打ちの後に見せる緩やかなリズムにあわせたくねりのような所作も愛らしい。全体に山伏の演ずる神楽にはないような庶民性,歌舞伎踊りのようなノリがある。囃し方は路上に茣蓙を敷いて座って太鼓をたたくが、笛のメロディーに和賀大乗神楽と同様の旋律が多く聞かれる。山車の出る火防祭には、黒沢尻では新穀町神楽、江釣子では荒屋山伏法印神楽、二子では宿・上宿の大乗神楽が出ていた。



中島神楽について

二子公民館で12月に開催された神楽発表会で見物。早いリズムの歯打ちのときに獅子頭を前後に動かす様子(高屋神楽・築館神楽にも見られた)と、胎内潜りのとき頭を斜めにぐにゃりと屈める様子が印象に残った。



築館神楽について

二子公民館の神楽発表会で『伏せ獅子』を見物。囃子と同じような普通の衣装で宝物を飲み、吐きを2回繰り返す。飲ませる時じらすのと、刀を吐くとき獅子が暴れるのが特徴。



※ほかに長清水山伏神楽・宇南神社附神楽・新平神楽を見物した。宇南神社の神楽は一般的に権現舞のみと思われているが、私が見たときには北上みちのく芸能まつりで「棟上」らしき幕演目を披露していた。



保持演目

 

大乗神楽の演目1

 鳥兜をかぶって面なしで踊るもののうち、「(なな)()(がま)」と「棟上(むねあげ)」は山伏神楽で言えば鳥舞のようなものである。実際、幕神楽の演目が23と少ないところでは「鳥舞」と呼ばれている(沢内村の坂本神楽など)。七ツ釜は正式には7人で踊るもので、一人ひとりが名前を呼び上げられて舞台に上がる。棟上は4人程度で踊る。「笹結び(ささむすび)」も外見はこれらと大差なく、笹を持って踊るのでこのように呼んでいる。一人舞の「大乗(だいじょう)(した)」は膝や上体の屈伸により、まるで跳ね回っているかのように見える。重要な祈祷舞に先立つ形で演じられている。

 

大乗神楽の演目2

 鳥兜に面、というスタイルの一人舞は「庭鎮め(にわしずめ)」をその基本としている。踏み足を最も強調している一人舞で、鳥兜に髭のある白い面をかぶって踊る。四方を踏み、悪魔を祓う動きを何度も繰り返しながら行う練と、後半の面をつけない崩し舞によって構成され、腰に手をかけて踊るため、ほとんど手の動きはない。このようなスタイルで3つ目の荒面を使う「荒神(こうじん)」、狐面の「稲荷(いなり)」、腰に黄色い旗を立てる「薬師(やくし)」、山伏神楽にも通じる「普将(ふうしょう)」がある。荒神は一時期村崎野大乗神楽が三方に顔のある独特の装束で演じ話題を呼んでいたが、現在は額に3つ目の目が開いている特徴的な面をつけて踊られるのが主流だ。「榊」に及ぶような威厳のある荒舞で、迫真の熱技には見所が多い。舞の後半で幣(人の顔に見える独特の切り方をしている)を四方に立てて結界を張るが、これは輪切りにした大根を四方に置き、これに幣束の柄を突き刺して行うものである。その後、一本一本幣束を抜き、様々な形に組んで振る。最後に幣をバラバラに投げて舞い納める。普将には山伏神楽におけるような激しさはなく、他の演目同様の次第で重厚な練が続き、中盤で腰を低く落とした独特の所作が入る。最後まで面を外さずに幕に下がるのが特徴だ。

 

大乗神楽の演目3

 大乗神楽には面をつけて2人で演じる演目もある。このうち「神拝(じんばい)」と「(おう)()」、「地割(じわり)」の2つは雰囲気が似ていて、前述の庭鎮めを2人で行っているような印象である。神拝はシンプルな御幣を採物に、王の目は伊勢神社を建て直すときに演じる演目なのだそうだ。「地讃(じほめ)」は地割と名前が似ているが、後半に弓矢を使う部分があり別名を八幡舞という。「(りゅう)殿(でん)」はザイをかぶった2匹の鬼による練の部分があり、後半は刀くぐりになる。

 

 

大乗神楽の「魔王(まおう)

 不動明王の真っ黒な面をつけ、首を荒々しく振るいながら踊る荒舞で、山の神の舞、本地は雷と嵐を司る仏であるという。踏足とともに印を組んだ手を上にかざし、勢いをつけて腰に下ろし、首を振る。あまりの恐ろしさに悪魔も身を竦ませてしまうような迫力満点の練と、後半の2本の刀を使った情熱的な崩し舞、どちらも大変魅力的な見所の多い舞曲である。

 白い面を付けて背中に矛をさして踊る荒舞「正足(しょうそく)」も見ごたえがする。四方に顔を突き出してにらみつけ、悪魔を祓う舞曲であり、最後は腰の矛を抜いて円を描き、結界を張る。同じ名を持つ演目が、胆沢町の鬼剣舞にも見られる。

 

大乗神楽の「(さかき)

 大乗神楽最高の祈祷舞とされており、これを舞うには7日間の修行の末、得度を受けなければならない。得度を受けた舞手を法印といい、彼らはその後も厳しい戒律を守りながら生活を送らねばならない。一度見れば100年の長寿を得られるという霊験を守るためである。

 まず、掛け軸に描かれた大日如来不動明王に祈祷し、白い面をつけての練りに入る(和賀の例にはこの趣向は見られない)。扇子を持って登場するが、すぐ投げ捨てて素手の舞となる。様々な形に手を組んで四方にかざし、悪魔を祓い福を呼ぶ。約20分間、踏み足を軸に重厚な祈祷舞を行った後、米を撒いて面をはずす。幣と扇子を持ち、ひと舞舞ったあと言い立てをする。そして幣を2分割して両手で振り、最後は素手になって「九字」と呼ばれる手の型をすべて結び、仏の名を唱える。この部分はたいていは観客に聞こえないほどの小さな声で行われる。

 大乗会では初夜榊を昼間に舞い、後夜榊を夜に舞う。

 

 大乗神楽の「権現舞」

 大乗神楽の権現は羽黒山の大蛇をあらわしているといい、耳や舌はなく、水との繋がりを暗示する河童の頭をかぶり、幕は鱗の模様になっている。つまり獅子頭ではなく蛇頭なのだ。蛇頭がうねりながら行う歯打ちは、獅子のように牙がないために行うもので、他の山伏神楽と形は似ているもののその意味合いには大きな相違があって面白い。手次の動作がかなり頻繁にはいる下舞には数珠を使う所作が添加され、宿では数珠を襷がけにして蛇頭を取る。岩手県北部から青森県下北半島まで数珠を使う下舞があるので、関連性があるものかもしれない。

 荒ぶる水の神を封じる様を演じる「伏せ獅子(あ、獅子って言ってるじゃないか)」は、通常の舞の後幕を正方形に広げ、修験者が蛇頭に扇や刀を飲ませる趣向である。花巻の円万寺神楽や、滝沢村の川前神楽などにも同じような場面が見られる。大乗神楽は北上市と旧和賀郡に集中伝承するものであるが、大乗会で演じられるような幕神楽を持たずに権現舞のみを伝承し、火防祭に春祈祷に回る例が全体の7割である。

 

大乗神楽の「三番叟」
 黒色翁の面をつけて踊る軽快な演目で、大乗神楽では珍しい跳ね足が見られる演目である。東北地方の山伏神楽でも良く見られる演目だ。一般に道化の色が強いのが特徴で、囃子には田植踊りや太神楽の三番叟と同じリズムの囃子を用い、若干早めに囃している。宿大乗神楽では、中盤で舞を真似ようとする道化役が絡むのが特徴(真似三番)。この道化役が試行錯誤するうちに三番本体が引っ込んでしまい、「爺様、どこさ行ったじぇえ?」と道化が探し回るところから胴取り、観客と道化との掛け合いが始まる。観客を舞台に引き入れて舞わせてみたりする娯楽要素たっぷりの演目になっている。最後は再び三番本体と道化の舞で終わる。耳をほじくる動きなど、岩手県北部の神楽に見られる所作が点在するのも面白く、顔を蔽うようにして跳ねる珍しい振りもある。

 

大乗神楽の「岩戸開き(天岩戸)

 天照大神が洞窟に篭り、世の中が闇に閉ざされたことを語る祝詞の後、嘆く2人の神の舞で幕が開け、やがて口を開けた白い面の手力雄が手を前に突き出しながら叫び、じりじりと洞窟の前に迫っていく。洞窟を表しているのは、中を隠すように丸くたたんだ屏風であり、注連縄として飾り切りした和紙が張ってある。手力雄は一度は注連縄の効力にひるむが、ついに屏風を開き、最後は屏風の中から現れた天照の一人舞となる。気合をかけながら手を突く手力雄の動きが大乗神楽の特質にマッチし、うまい具合に劇的に完成されている(和賀大乗神楽における印象)。

 北笹間も屏風に岩戸の絵を描いた大道具を使う同様の趣向を持つが、手力雄の雰囲気は和賀のような独特のものを持っておらず、正足の練りに近い。村崎野でも手力男が気合をかける演出は無く、屏風の前で腕組みしたり、耳を澄ませて中の様子を伺うような仕種をするのが印象的であった。屏風の中に座っている天照の両脇には灯明が点されていた。

 屏風に貼る切り紙の注連縄は安産の加護を持つとして、演じたあと観衆に珍重される。

 

大乗神楽の女舞「(てい)(どう)

 大乗神楽唯一の純粋な女舞で、熊野詣の稚児の様子を表すといわれる。和賀では常に錫丈を一定のリズムで振りながら披露され、村崎野では、髪をすいたり鏡を見たりといった女性の日常の仕草が、優しい詩章とともに柔らかに描き出される。山伏神楽の『(ねん)寿(じゅ)』『若子(わかご)(まい)』に通じ、後半に道化役が絡む場合もある。

 

和賀大乗神楽の「鐘巻き」

 大乗神楽の鐘巻は、神楽自体が仏教・修験道の妖しい色彩を持つこともあって「一般的な山伏神楽よりさらにおどろおどろしいものだろう」と期待していた。しかし実際は、期待に反して道化舞に近いものであり、序盤の女舞は帝童と同じ拍子で、山伏神楽には見られない扇を上に向ける仕草が見られる。調伏山伏が登場し、かなり長いあいだ胴と掛け合う狂言的問答が続き、蛇になった女との格闘は一瞬にして終わってしまう。一般的な鐘巻きのイメージから考えてかなり拍子抜けしてしまう趣向だが、それゆえに独自性を楽しめればと思う。

 

 大乗会でしか演じられない演目

 大乗会は、榊舞を演じられる得度を受けた神楽団体が一堂に集い、修行の成果である神楽全演目33を分担上演する機会である。この大乗会においてのみ演じられる演目というのがある。平成に入って再現された大乗会では、そのうち2つが復活上演された。

 「天王(てんのう)」は、前半はザイを着けた髭面のスサノオの練り、後半にコンテイが出てスサノオに弓矢を渡し、矢を四方に放って疫病退散の祈祷をする筋である。中盤に舞手2人が酒を酌み交わす場面がある。早池峰神楽の同名の演目とはかなり違う趣だ。

 「鬼門(きもん)」は大乗会の舞台装置全体を用いる1時間10分超の大曲である。大乗会の舞台の左右に鬼門封じの釜が据えてあり、ぐらぐらと湯が煮立った釜に張ってある注連縄を切るというのが、鬼門の果たす舞の意義である。いわばものすごくスケールの大きな注連縄切舞だ。奇怪な茶色の荒面にザイをかぶった2人の舞手が矛を持って舞台に上がり、重厚な練を演じた後いったん舞台を降りて各々釜の前で舞う。遠距離に一人ずつ散った舞手がぴったりと呼吸の合った練を演じるのが見所で、舞台、釜と数回行き来した後、それまでは2人一緒に演じてきた舞を一人一人が演じる形に変え、最後にまた釜の前に下りて刀を抜き、2人同時に注連縄を一刀両断する。大乗会でのクライマックスといえる舞で、演じ手が最後まで面を外さない。

 大乗会では、鬼門における上記のような舞台装置の利用例のほか、「湯引き」で据えられた釜の前で湯立て神事を行ったり、舞台の天井に設置された大乗飾りの上の籠から紙吹雪(散華を表現したもの)を散らしたりと、その場に限る趣向が見られた。

 

 文責:山屋 賢一

(最終見物日:平成18年12月10日)

 

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