宮城県仙台市 仙台青葉祭り
毎年5月の第3日曜日に開催される「仙台青葉祭り」は、もともと藩政期に行われていた「仙台祭り(仙台東照宮の例大祭)」を最近になって復活したものです。仙台祭りは東北の山車祭りのルーツを探る上での重要な手がかりのひとつ、ともいわれているのですが、岩手に住む私の耳には長らく聞こえてこない情報でした。
山車の絵図について
かつて見物客に売られていたという山車の版画が見つかって、往時の仙台山車の概観を偲ぶことが出来るようになりました。岩手でいえば、花巻まつりの山車によく似ており、岩手県南(東磐井郡や気仙郡など)や宮城県北部の山車のお祭りをいくつか訪ねてみましたが、どこかしらこの版画の山車の姿に通じているようです。絵図に散見される演題は、現在東北各地に見られる山車の演題とはやや趣が違い、「宮中の雅を絵に書いたような貴族たちの逸話」が目立ちます。また、下に騎馬武者を配し、上に公卿を配すなど、ある程度の定型に沿って、趣向が決められているようでした。特に後者の特徴については、現在人形山車行事のない一関・平泉・江刺・前沢などで明治時代に出ていた、大変背の高い山車の姿にそっくりで、現在では気仙地方にわずかに現存しています。題名に「風流」が先行し、「躰」と締めくくる形式は、花巻山車の定番でありますし、室根神社の山車や気仙の山車にも散見されるものです。
仙台山鉾
現在は、祭り復活の際に製作した高さ6メートルの山鉾を前夜祭の深夜に組み上げて、本祭のお昼頃から運行しています。「宵祭り」と呼ばれているお祭り1日目には、メインストリートに山鉾がずらりと並び、試乗体験イベントなどが開かれています。約十台、すべて地元企業の担う山鉾であり、飾りはずっと同じものを使う「非風流人形山車」です。車や装飾などはそれなりに豪華ですが、やはり元々地元にはなかったものだ、というイメージはなかなか拭えません。
本祭りのパレード
パレードは本祭の正午過ぎから、伊達正宗を祀る青葉神社の神輿渡御として仙台市中央部東二番町通り(国道4号線)に半分交通規制をかけて行われます。幅の広い道路の向こう側から古式ゆかしい神輿行列が繰り出す様子は、他にはない大都市ならではの「スケールの大きい奇観」です。きちんと神輿がギジむ(:担ぎ手の意思に逆らって神輿が暴れまわる事。岩手県では、おもに気仙地区の祭礼に見られる。)のも面白いです。武者行列も他では見られないくらいの人数と、伊達政宗の三日月黒具足はじめ様々な鎧兜のデザインでスケール大きく演出されていました。
青葉祭りの山鉾は、囃子屋台ともちょっと違います。というのは、山鉾はお囃子方を乗せるようにそもそも作られていないのでは?という概観です。仙台山鉾の場合、囃子が乗り込んでよいものか悪いものかすごくあいまいで、そもそも山鉾自体の囃子がほとんど無く、すずめ踊りのパレードカーとして無音で曳かれているという、という感じです。内部の構造まで吟味する余裕がなかったため外面だけでの推測になりますが、山鉾に乗っている囃子方は、おそらく本来乗るべきではない位置に乗り込んでいるような気がします。風流山車でいう人形の乗る部分、つまりは欄干の内側に、太鼓やチャンチキが乗り込んで、または扇子を両手に持った囃子役がいて、上から周囲の踊り手をのせています。この形式は、そもそもの山鉾が人が乗るように設計されていない事を示すのでではないでしょうか。このような外見は、青葉まつりに於ける運行の形態が全く新しいものであるという事を感じさせます。
青葉まつりはどう見るかが大事
要は、あまり伝統の重みとかなんとか、そういうものを期待すべきではないという事です。その前提にたった上でのお祭り見物が、青葉まつりを楽しむコツだと私は思います。とはいうものの、こういう言い方は決して青葉まつりの現状を批判するものではありません。むしろ、新興のセンスでやっているお祭りで、これほど町じゅうに雰囲気をばら撒けるお祭りは珍しくもあり、その意味でもっと評価されてもいいイベントではないかと私は思います。
私が大変気に入ったのは、山鉾よりも何よりも、すずめ踊りの公演形態でした。この踊りは扇子を両手に持って手首でくるくる回しながら踊る、賑やかで明るい雰囲気のものです。民舞団体などがよく踊る「はねこ踊り」をより大衆化したような踊りです。お囃子は宮城県北の登米・河南・栗駒などで耳にするアップテンポなわくわくするようなお囃子と同じ系統です。特にも町流しの雰囲気はすばらしい。とにかく移動中常に囃子を打ち鳴らし、惜しみなく踊りを披露しながら何本ものぼりを立てて各団体が集合場所へと向かう様子。どこをつついてもすずめ踊りの賑やかなお囃子が聞こえる、大変お祭りらしい活気があります。いたるところでお祭りと遭遇できるこの種の環境は、実は東北各地を見てまわっても非常に少ない事例であって、何度も頭を掠める「政令指定都市ゆえのお祭りレベルの低さ」という固定概念を見事に打ち破ってくれました。パレード的な、集約的な趣向を重視しがちな規模の大きい祭り、たとえば東北5大夏祭りのようなイベントに、こういう不規則で蔓延的な踊りの見せ方、作りモノの見せ方を加えていければ、少なくとも私はもっと楽しくお祭りを見られるなあ。青葉祭りを見ていていつも思います。(平成15・17年見物)
文責:山屋 賢一